テレビから離れてみましょう

「昨今、若者のテレビ離れが進んでいる、ねえ」


 部室の片隅で春の陽射しを浴びながら、瀬奈が新聞をがさがさと揺らす。


「そ、そうか?」


 啓示は首を傾げた。何だかんだ言いつつ、結構テレビは見ている気がする。


「ああ、確かにそうかもな」


 同意の声を上げたのは、沙妃先輩。


「え? 沙妃先輩、テレビ見ないんですか?」

「ああ。あたしゃテレビよりもVHSにDVD。最近ならブルーレイもか。そっち専門だな」


 啓示の質問にもさらりと答えた。バラエティー番組でばか笑いとかしていそうなイメージだったので、ちょっと意外だ。


「ブルーレイって、映画とかですか?」

「いやあ、あたしゃピンク映画はそんなに。やっぱAV系だな。もちろんメインは痴女ものだ」


 訂正。意外でも何でもなかった。


「そんなこと言うと引っかかりますよ。主にコンプライアンス的な意味で。近頃は世間の声も厳しいんですから、色々」

「ああ、だいじょーぶだいじょーぶ。ブツは兄貴のなんだよ。あたしはたまたま、ほんっとーに偶然それを見ちゃってるだけで」


 恐ろしく雑な言い訳だが、その辺はまあ深く考えずに。


「兄貴って、お兄さんいるんですか? 沙妃先輩」

「おうよ、三人ほどな。あたしゃ四人兄妹の末っ子なんだ。あ、一応言っとくけど兄貴っていっても別にアレな意味の兄貴じゃないぞ。あたしゃそっち方面はさほど興味が――」

「テレビねえ」


 沙妃先輩の口を封じるように、まのか部長が参戦してきた。


「宣伝効果はなくもないんだけどお、偉大な外崎グループがわざわざCMを打つに値する番組が少ないのよねえ、最近はあ」


 みずみずしい唇が、不満そうに尖る。


「そ、それはまた……とんでもない上から目線ですね」

「上から目線ん?……それはどういう意味かしらあ、けーじくうん。人の上に立つ者が上から物を見るのは当たり前でしょお?」


 にこやかに、しかし傲然と言い返された。


「い、いや、そうかもしれませんけど……反発を招きますよ、そんな言い方だと」

「あらあ、そうなのお?」


 まのか部長は頬に手を当てながら首をひねる。柔らかな笑顔と、とろけるような声。これで愛の言葉でもささやかれれば、大体の男は一瞬で墜ちるに違いない。


「まあ愚庶民は反発でも何でも勝手にすればいいと思うわよお。上が背負う責任の重さも知らずにせまーい視野で騒ぎ立てる阿呆が何を言おうがわたしの知ったことじゃないしい」

「え、うぇえーー……」


 もっとも、このお嬢さまがそんな甘言など口にするはずもないのだが。


「……そ、そもそも、瀬奈はどうなんだ?」


 逃げるように、啓示は話の矛先を言い出しっぺに向ける。


「んー、最近はどっちかというとネット寄りかも」

「え?」


 普通の反応だ。ちょっとびっくり。


「何よ?」

「あ、い、いや、何でも。ま、まあ、今はそういう流れだよな。時代的に」


 啓示が話を合わせると、瀬奈はええ、と頷いて続けた。


「テレビをつけて一番最初に映った人について予備知識ゼロでSNSにコメントを書き込むとか、なかなかのトレンドだと思うわ」

「何その危険なトレンド!?」


 再び訂正。これ、全然普通じゃない。


「危険? どこが? 私としてはスリル&デジタルというテーマで実験を試みてるだけなんだけど。別に悪口書くわけでもないし」

「う、ううむ……」


 当然のように語る瀬奈に、啓示は何も言い返せなかった。この思考回路はどうも理解に苦しむ。ていうか何だ、スリル&デジタルって。


「……きょ、匡先輩はどうですか?」


 またもや逃走、最後の一人に話題を向ける。


 この人は服装が奇抜なだけで中身は比較的まともだ。本日は女戦士ということですね毛をはじめとするお肌の露出が多めだが、それでもしっかりした答えを言ってくれるに違いない。


「僕はラジオ派だな。よくお便りを投稿したりもしている」

「あーーー…………」


 啓示は発声練習みたいな声を上げた。何と絶妙、かつ微妙なズレ加減。この人もやはり日替部の一員なのだ。納得、うむ、納得。


「最近はメールや投稿フォームで簡単にネタを送れるが個人的にはやはり手書きの方がしっくりくるな。手間をかけて送ることで心がつながる。これが重要だ。大体簡単にできることには安い価値しかつかないもので――」


 おまけに、自分の好きなことについて喋り出したらもうどうにも止まらないのであります。


「へえ。ハガキ職人ってやつですか」


 瀬奈が前のめりに割り込んできた。


「ハガキ職人……ふ、いい響きだな。そう言ってもらえるのは実にありがたいが、自分の中ではまだその域ではないと思っている。とはいえ、投稿している番組では一応常連扱いなんだが」


 匡先輩はメガネの位置を直しながら早口で語る。見た目は知的クールな美形さんだが、話の内容は何となく地味だ。


「へええ、すごいのねえ。それでえ、その常連というのはいくら積んだらなれるのかしらあ?」


 まのか部長が金満発言をする横から、


「金はともかくさ、出してるの下ネタだろ? ネタも出しますがついでにアソコも出しちゃいますみたいなやつだろ? な、そうだよな? な?」


 沙妃先輩がまくしたてる。いや、それ完全に自分のことでしょ、ああた。


「ふむ。どんなネタ、か……」


 言葉を切ると、匡先輩はしばし黙考した。


「どんなネタかと問われれば、やはり日常系と答えざるを得ないな」


 メガネをきらんと光らせながら、びしっと答える。


「に、日常系、ですか?」


 啓示は思わず聞き返した。女戦士の日常は一体どんなものだろう。ちょっとだけ興味が湧く。


「うむ、少々クサくなるきらいはあるがな。これが一番固い線だ。街中の心温まる光景とか、この曲にまつわるこんな思い出、とかな」


『……』


 匡先輩を除く四人が互いを見つめ合った。


 アイコンタクト、完了。


「……あの、匡先輩?」


 総意をまとめるように、啓示が手を上げる。


「ちなみに、どちらの番組に投稿されてるんです?」

「ん?」


 匡先輩は涼しげな目をぱちくりとしばたかせた。


「どちらの番組って、そりゃあ君――」


 拳がぐっと握られる。


「僕のネットラジオ『すね毛深夜便』に決まってるじゃないか」


『…………』


 再び、アイコンタクトの後。


「じさくじ、えーーーーーんど!」


 啓示渾身のツッコミがどかんと一発、炸裂した。

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