トリオ・ザ・先輩
華雄学園、日替部の部室。
神野啓示は、困り果てた顔で立ち尽くしていた。
持っているのはメソポタミア文明のくさび形文字が刻まれた粘土板のレプリカ。同じ新入生の三田村瀬奈曰く、これは入部案内であるらしい。
(ど、どうする……?)
自称オール3.5の啓示に考古学の専門的知識はない。よって、読解は不可能。じゃあ逃げ出すか。いや、こんな状況で逃げるのはやはりまずい。
「う、ううぅ……」
ヘルプミーのうめきを発する啓示の背後で、すーっとドアが開いた。
「ごきげんよおう」
優雅な挨拶とともに現れたのは、お姫さまのような雰囲気の女性。
ちょっとくせのあるロングヘアーをたなびかせながら、糸のように細いたれ目をさらに細めて優しげな笑みを浮かべている。
「あらあ、新入部員さんかしらあ」
姫君に視線を向けられた。
「は、はい。見学で。神野啓示といいます」
どうかお助けください、プリンセス。
「あらあ、貴方があ。へええ、そおお」
品定めでもするように、上から下までじろじろと眺め回される。
「わたしは
「は、はあ……」
助けどころか、結構な圧力をかけられてしまった。
というか、俺でも知ってるスーパーセレブ外崎のお嬢さまがなぜこんなところにいるんだろう。自由すぎる校風は有名だが特に名門ではないはずだぞ、この学園。
「でえ」
啓示の疑問をよそに、金で解決総帥令嬢が入口に目を向ける。
「そこにいるんでしょお? 匡。出てらっしゃあい」
「はい」
開いたドアの裏から人影が現れた。
さらりとした髪に、クールな面立ち。シンプルな銀縁のメガネが知的な雰囲気をさらに際立たせている。
(う、うわあ……)
啓示は瞬きもせず直立不動になった。はっきり言って、すごく綺麗な人だ。
と、思いきや。
(え、えぇえええっ!?)
目に飛び込んできたのは、すらりと長い足に群れる黒いあんちくしょう。またの名を――すね毛。
おまけにこの知的クールさんが身にまとっているのは、華雄学園のブレザーとは全然違う、ハンドメイド感いっぱいのセーラー服ではないか。
つまり、この人は。目の前に現れた、この麗人は。
「やあ、僕の名前は
……やっぱり。
「時に君は美少女戦士のすね毛についてどう思うかね。歴史にその名を刻む偉大な作品に対するチャレンジ精神と僕自身のプライド、熱き魂の権化であるすね毛とがぶつかり合って――ん?」
話を遮るように男メガネっ娘さんのスマホが鳴った。この曲、確か月に代わっておしおきするアニメの主題歌だ。もちろん、ヒロインたちにすね毛はなかった。
「もしもし。やあ、君か……何?」
話し始めたマーキュリー(notフレディ)が眉をひそめる。
「……ふむ。まあ好きにするといい。新入生が来ているので気をつけてくれ」
電話を切ると、奥へ進んで窓を開けた。
――数秒後。
「とおおりゃあああああああああっ!」
けたたましい叫び声と一緒に、黒い塊が突っ込んでくる。
「はぁっ!」
塊、もとい人体は、片膝をつく体勢でぴたりと着地を決めた。やや遅れて制服が風をためるようにふわりとたなびく。
「いよっし! 成功!」
立ち上がって叫んだのは、さっぱりしたショートカットが似合う女の人。
らんと輝く釣り気味の目と躍動感にあふれるしなやかな肉体が、野性的な魅力を存分に醸し出している。
「お、あんたが例の新入部員か。あたしは二年の
満場一致以下略先輩は啓示の正面に立つと、両肩をしっかとつかんだ。
「あんた、パンツ見るか?」
「……は?」
液体窒素でも浴びたように全身がフリーズする。
「パンツが嫌ならブラでも可だ。あとあんたも○ンコ見せろ。さあ、どうよ?」
「え? ええ? えええええっ!?」
コノヒトハイッタイナニヲオッシャッテイルノデショウカ。
「沙妃い、新入生のお粗末な棒よりまず自分が使った棒を何とかなさあい」
お嬢さま部長が助け舟を出してくれた。でも今、何かとても酷いことを言われたような気がします、俺。
「ちぇっ、分かったよ」
渋々言うと、前略疾風怒濤の後略先輩は腰に結んだロープをつかんで高飛び棒を引き上げた。どうやらあれでこの二階まで飛んできたらしい。すごい運動能力だ。
「あと匡はさっさとせつめえい」
「あ、はい」
コスプレ副部長が啓示に向き直って語り出す。
「わが部の活動内容は読んで字のごとく日替わりだ。定食屋なんかでよく見かける日替わりメニュー、あの要領でその日ごとに何をするか決める。それだけだな」
「ちなみに昨日は縦列部、その前はパクロア部だったぞ。まあ何でも面白くやればいいってだけで特に案内することもないからさ。とりあえず気楽にいこうや」
江戸の魚屋みたいにバーをかつぎながら、飛び入り先輩がそう補足した。
「は、はあ……」
啓示はぽかんとする。とにかく、かなりゆるい部なのは確かなようだ。
(……ん!?)
はたと気がつく。
「じゃ、じゃあ、これって……」
瀬奈に向けて、手持ちの粘土板を掲げた。
「らん、らん、るー」
だが、返ってきたのは謎のジェスチャー。身体をくの字に曲げ、カニのような横歩きをしながら、野球のブロックサインみたく腕をさすって何かを訴えてくる。
「わ、分からないよ」
「え、分からないの?」
啓示の反応に、瀬奈は驚きの表情を浮かべた。
「……ふーん、そ」
感情を抑えるように、小さく頷く。
「じゃあ、おいおい分かるようになれば?」
そっけなく、ぽつりと言った。
「い、いや、あの……瀬奈?」
「……」
反応、なし。
「おーい」
以下、同文。
「…………えぇえーーー…………」
あんぐりと開いた啓示の口から、ヘルプミーのうめきがこぼれた。
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