空血脈のボンバイエ

@captorima

第1話おかいもも

 大した盛況ぶりだ。いつものふてくされた店構えはすっかり鳴りを潜めている。どうにもこれは賑やかすぎる。いくら何でもやりすぎだ。一体何が原因か。

 そう、客だ。客がうるさいのだ。うるさいといっても、犬がやかましいのとは違う。小さく細かくざわざわざわと、幾重にも海面を重ねたような喧噪だ。しつこくしつこく軒先で喋っているものだから、騒々しさが店に染みついて離れなくなってしまうかもしれない。それは困る。そんなことになっては迷惑だ。これでもおれはこの店の常連なんだ。今すぐにでも人だかりを制し、まき散らした騒音をきれいにふき取って引き返すよう命令したい気分だった。

 しかし無理だ。文句は言えない。おれはその人だかりの先頭に立ち、喧噪によって興奮を深めるひとりだったからだ。喧噪たちの機嫌は嫌というほど分かったし、責めるのはどうにも理屈に合ってると思えない。

 若干不満があるとするならそれは、おれの格好がほかの客にくらべてあまりにもみすぼらしいことだった。誰に文句を言えばいいわけでもないが、とにかくおれの格好は浮いていた。そのことをなじる様な視線が在ったというのは少し被害妄想が過ぎるにしても、もう少し手心を加えてくれてもよかったと思う。おれは今日のためにいつもぼろきれ同然のつなぎで顔を出しているこの店に、作業着でない服を着てきたのだ。いわばおれなりのお洒落だ。なのに他の連中は、あれはどう見ても新品の服だ。ここにはおれの努力を汲んでくれる人間はいない。

 連中はたぶん「内側」に住む中流階級の連中だ。内側で発売された高機能版の抽選に漏れたから、こうやってノコノコ「外側」にまでやって来たのだ。その浅ましい根性に唾を吐いてやりたいようでもあり、感動を分かち合う同志として肩を抱き合いたいようでもある。

 しかしダメだ。この買い物にかける想いが違いすぎる。奴らにとっての4万ドルクとおれにとっての4万ドルクには、身の毛もよだつ隔たりがあるのだ。一緒にされてはおれが気持ちよくないし、一緒にしたら奴らは困る。 


 時間になったようだ。

 シャッターが上がり、ついにわれわれは「商品」と対面を果たした。爆発的な狂騒が予想されたが、不思議と静かに、商品は売り切れた。みな黙々と、手にした仮面の向こう側に思いを馳せていたのだ。

 期待や興奮や、感動や失望が介在する余地がないほど、行列はシビアでタイトなものに変わった。

 人の心構えは分からないが、おれもまたその厳粛な感触に集中した。

そしていつの間にか喧噪は戻り、ぽつぽつと空間が絶叫する。


 いつの日、どの場所でも、世界はどうしてのっぴきならない。

 [MASK]はそういう世界にピッタリの商品だ。

 とにかくこれからやることは山盛りだ。おれは歩きながら仮面をつけることにした。

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