第177話 李儒(理樹)と内気な姫殿下【四】(12)

「ありがとう」、


「お疲れ様……」と。


 紀霊将軍の任務達成の報告を、彼女の背、後方の位置で聞いた袁術嬢は、直ぐに労いの言葉を優しく告げ。紀霊将軍を更に『お疲れさまでした紀霊』と、労う為に彼女の許へと駆け寄る。と、いうことはしない。しないのだよ。袁術嬢はね。


 だって彼女、袁術嬢は、自身の臣下の報告を聞き終え、優しく労いの言葉をかけ終えれば『ニヤリ!』、ニヤリと己の唇の端を吊り上げ妖艶、怪しく微笑、苦笑を浮かべ漏らし。


「紀霊! そこをどきなさい!」と。


 己の前方に佇み歓喜している紀霊将軍へと下知を飛ばすのだ。


「えっ?」


 だから急なこと、余りにも予想外な出来事が急に紀霊将軍へと起こるから、彼女の口からは、今のような驚嘆しか漏れてこない。こなくてもね。袁術嬢は、そんなことなど気にもしない。動じない素振り、様子で、己の両手を彼女の御立派な乳房の前で握り締め、瞼を閉じる。そして祈りを捧げるように、エルフなお嬢さま、巫女、シャーマンさまは、小さな小声でブツブツと詠唱を唱え始めるのだ。


 だからそんな様子。主の急変した己の、予想外の行動に対して紀霊将軍は更に声をあげるのだ。それも、絶叫をしながら。


「ひ、姫様ぁあああっ! な、何をぉっ! 何をなさるおつもりですかぁあああっ⁉」と。


 紀霊将軍は、己の主へと絶叫に近い声音で叫び問うのだが。彼女の主は無視──。無視を続けながら黙とう。祈りを捧げするように詠唱を続ける。続ければ彼女の側から……だけではないか?



 袁術嬢と紀霊将軍の周りから蜃気楼、不知火が湧く。朧げに湧くように小さな人影が無数、多数、多々ゆらゆらと湧き上がる様子を凝視して紀霊将軍は。


「ひ、姫様……。私は本当に何か、大変な事が起きて、惨事になっても本当に知りませんからね……」と。


 彼女は自身の主へと気落ち落胆をした声色で言葉をかける。告げる。呟きながら。


 そして袁術嬢が発動した魔法スキル【扇動】の為に。その場に多々湧き始めた小さな人影を、紀霊将軍は己の顔色を変えながら見詰め続けるのだった。




 ◇◇◇◇◇

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