第105話「……あのぉ、どうやって家の中、に?」

カタン、カタン、カタン。


妙な肌寒さとこの静けさの夜に不釣り合いな音に半分思考が覚醒する。掛け布団を掛けていない首から上が徐々に熱が奪われていくのを感じる。


(寒っ……何だよ、隙間風?この音って家のどこかが軋んだ音?)


この家の中は手入れがよく行き届いているようだが、建物自体は頑丈と言えるものではない。壁には小さな破損やひびがあちこちに入っていて、屋根の塗装が一部剥がれている。その壁のひびに冷風が入り、建物のどこかが軋んだ音がしてもおかしくない。


(その割にはちょっと風が入り過ぎていて、音も軋んだ音には聞こえなかったけど……まぁいいや、眠い)


半分思考が覚醒していても、瞼を開けようとは思わなかった。

再び寝直そうと、掛け布団を顎下まで引っ張った。


コツ、コツ、コツ。


なんか、足音のような軋み音だな。


うつらうつらしている状態でも、耳から音が入ってくる。

でも睡眠の邪魔になるほどの物音じゃない。


私は顎下まで引っ張った掛け布団を頭まで被ろうともぞもぞと再び、掴んだ。


ガタン!


「ひっ!?」


まどろんでいた思考が一気に覚醒する。自分の上に何かが覆いかぶさってきたからだ。

この気配やかすかに聞こえる息遣い、紛れもなく人間であり男。

突然のことに体は硬直し、体中から脂汗が滲み出る。


「な、何?泥棒!?」


恐怖に駆られながらも自分にのしかかってくる男の正体を知ろうと大きく目を見開いた。


私は驚きと混乱のあまり、言葉を失った。

家に不法侵入し、私の上にのしかかっている男は私が知っている男だった。


「……え、な、なにやってんの?あなた」


薄暗がりの中でも特徴的なシルエットで誰だか一瞬でわかった。

それと同時に強い混乱の嵐が頭の中に駆け巡る。


「……う…うっく」


「しかも、なんで泣いてるの?あなた」


私の上に跨がっていたのは昼間会ったばかりのパリピ従兄アーサーだった。

アーサーはなぜか、嗚咽を漏らしながら顔を歪ませている。


ガタン!


大きな音に思わずビクッと体を震わす。


今度はなんだ。


私は恐る恐るその音が鳴っているだろう方向に目をやった。

見ると、閉まっていたはずのドアが風に揺られてひらひらと揺れている。ドアは時にはカタンカタンと音を鳴らしたり、時には強い風にあおられたドアが限界まで開き、ガタンと壁にぶつかったりもしている。


「あ~なるほど、寝てるときに聞いた音って家の軋み音ってなくてドアから出た音だったか…………ん?ちょっと待って、私ドアに鍵かけてたよね」


ドアに鍵は閉めた。閉めたはず。

それなのに、なんでこのパリピ男はこの家に入れてるの?

鍵を掛けたはずのドアをどうやって開けた?


「……あのぉ、どうやって家の中、に?」


パニックで目が回りそうになりながらも私は必死に声を絞り出す。


「っ……!ひっく……う、ふ」


目の前の男は私の質問にショックを受けたかのような反応をして、ますますしゃくりあげて泣く声が派手になり大きくなる。


あのぉ、泣きたいのはこっちなんですけど。

正直、あなた以上に大泣きしたい気分なんですけど。


「……忘れ、ちゃったんだね」


「え?」


「何かあった時のために合鍵を僕らが一つ預かってるってこと、忘れちゃったんだね」


「あい……かぎ?」


忘れたんじゃなくて知らないだよ、私は。

なるほど、合鍵があったから家の中に入れたんだ。謎が解けた。


…………いやいやいや、問題はそこじゃない。


なんでその合鍵を使って家の中に不法侵入してくるんだよ。

こんな夜遅くに。しかもベッドに上に跨がって。


従兄でもこれは普通に警察呼んでもいいレベルだぞ。


「……そんな大事なことを忘れるなんて。やっぱり僕の知ってるレイじゃない」


震える声をだしながら涙を私の頬に落としてきた。


「うわっ、汚っ」


私は落とされた涙をごしごしと拭う。


「……レイはそんなこと言わない」


「は?」


「レイは他人が流した涙を汚いなんて絶対言わない、汚い言葉遣いは絶対吐かない、頭を下げている人間を気持ち悪いなんて、絶対に言わない」


「は?それって」


もしかして、私とバスティアンとのやりとりを見てたのか。

気付かなかった。ていうか、こっそり私の後をつけてきたのか。怖いわ。


「かわいそうなレイ、頭をぶつけたせいでレイの中にあるキレイな心が抜け落ちて、代わりにどす黒い悪魔が頭の中に住み着いちゃったんだね。大切な思い出や記憶もその悪魔にゆっくりと奪われて行ってるから合鍵のことも覚えてないんでしょ?」


「は?悪魔?」


「その悪魔が命令してるんだよね。汚い言葉を吐けって。舌打ちしろって。自分でも止められないんだよね。かわいそうに」


「……いや、違うし」


ツッコミどころが多すぎてどこからツッコんでいいのかわからない。


「安心して、レイ」


すっかり暗闇の中で目が慣れた私は目の前のアーサーの顔をはっきり視認できた。

目が慣れたしまった自分を呪いたい。


「俺がその悪魔を取り除いてあげる。俺がいつものレイに戻してあげるよ」


しゃくり上げていた先ほどまでとは打って変わってアーサーは穏やかで優しい笑みを私に向けていた。ぞっとするなというほうが無理な話だ。なんだその切り替えは。

不気味過ぎる。

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