第104話「………………やだ」

夜が更けた。周辺の家々の明かりはほとんど消えている。

夜が深まれば深まるほど辺りが静寂に包まれつつあった。


そんな中、私は家のベッドで死んでいた。


死んだという表現が当てはまるほど私は帰ってきてからピクリとも動かなかった。いや、動けなかった。靴を脱ぎ、ジャケットと帽子を脱ぎ捨て、ベッドでうつ伏せになっている。


私は目を半開きにしながら、何も考えずにボーとしていた。


一体どのくらい時間が経っただろう。時計をチラリとも見ていないからわからないが1時間くらいは経っただろうか。私は1時間もの間、ずっと同じ体勢で頭を空っぽにしていた。

所謂、完全な「無」状態だった。


しばらく無の状態でいた私はそれを徐々に解除するかのようにうつ伏せだった体をことさらゆっくりと回し、仰向けにさせた。


「あ~~~~」


今のため息と共に出た声が帰ってきてからの第一声だった。


しんどかった。いや、しんどいなんてものじゃなかった。


己の心の平穏を保ちたくて無心になろうと決意した矢先にまるで狙ったかのような面倒事が次々起こった。この世界に連れてこられて色んな面倒事に巻き込まれてきたが、今日ほど感情の振れ幅が揺れ動いた日はないだろう。


まるで呪いだなこれは。いや、「まるで」じゃない。

呪いだ、これは。私にとって呪い以外の何物でもない。


そういえば、どこかの漫画家が言ってたな。“個性、性格、能力関係なしに主人公をピンチか騒動に無理やりにでも巻き込ませないと物語が進まない”と。


確かにそうだな。例えば非日常系モノで面倒くさがり屋な設定の主人公であるにも関わらず、見知らぬ困っている人間がいると体を張って助けたり、説教したりなど面倒ごとに首をつっこもうとする展開がかなりある。


その理由は物語を進ませるため。


恋愛漫画ではどこにでもいる普通の主人公という設定であるにも関わらず、数人の異性たちから好意を持たれるというまったく普通ではないフラグを立たせまくる展開がかなりある。時には惚れる理由としてはちょっと薄っぺらいんじゃないかと思わせる描写も。


その理由は物語を進ませるため。


そう、主人公への無茶ぶりもご都合主義展開もすべては物語を進ませるための布石。主人公が主人公である限り、道を歩けばまるでダンプカーが突っ込んでくるかの如く、トラブルが吸い寄せられるようにやってくる。


そして物語が進めば進むほどトラブルは大きくなる。

漫画然りアニメ然り、そして乙女ゲーム然り。


あんまり見たことないからな、序盤から黒幕と戦って勝つ展開は。

最終幕でその黒幕よりも弱い雑魚キャラの登場は。


つまり、私がどんなに人と関わるのを避けるために努力しようが淡々とした日々を過ごすために無心になろうが主人公である限り、結局は面倒事が訪れるということだ。もし、本当に私が望んだとおりにトラブルや変化がない毎日を送ったとしよう。私が誰の目にも止まらないただのモブキャラだったら何も問題がない。でも、それが主人公なら話は違ってくる。


主人公はモブキャラと違って複数のユーザーたちが動向に注目している。

一体誰が見たがるんだ。一人のひねくれ娘の平凡生活なんて。

誰とも恋愛イベントが起きず、何のトラブルも起きず、誰とも関わらない乙女ゲームなんてクソゲー中のクソゲーだ。


そんなクソゲーにさせないためにこのフィクションの世界は私にご都合主義といってアクションを何度も何度も起こす。


私の感情は一切無視して。私が主人公である限り。


「………………やだ」


心の底からの言葉が口から無意識に出た。


「やだやだやだやだやだやだやだ」


私は手足をバタバタバタと動かした。まさか、この年にもなってこんな園児みたいな真似をするなんてちょっと前までは考えもつかなかった。端から見ればかなりみっともなく見えるだろう。

もう色んなものが嫌で嫌でしかたがなかった。

面倒事を避けようと努力してもダメ、心構えも意味がない。

もうどうしようもないじゃないか。


私はゴロンとうつ伏せになった。そしてまた繰り返す。


「あ~、いやだいやだいやだ。ほんとやだやだやだやだやだ。真面目に本当にめちゃくちゃいやいやいやいや、くそくそくそくそくそ、ウザウザウザウザウザウザウザ………………………疲れた」


バタバタしすぎた。


「滅べ滅べこんな世界。ビックバン起きろビックバン。消滅しろこんなクソ乙女ゲーム」


………っていやいや、だめじゃん。この世界が滅んだら、そこにいる「レイ・ミラー」も死ぬってことだ。レイ・ミラーの死=三波怜の死になる。


「ちっ」


これは自分に対しての舌打ちだ。

こんな時でも、自分で自分の発言にツッコむという妙に冷静ぶった自分に嫌気がさす。


「サブキャラになりたい」


誰でもいいから代わってくれ。こんな私にとって害悪でしかない主人公補正マジいらないわ。

乙女ゲームのヒロインとしてもこんな性格の悪いヒロインなんて最悪以外のなにものでもないだろ。


これもどっかの漫画家が言ってたな。“主人公は受動的な性格より能動的な性格のほうが動かしやすい”と。


能動的に動く主人公。つまり、お節介で無鉄砲で人の事情に首を突っ込むようなタイプの主人公だ。トラブルに自分から突っ込んでいくため、キャラクターとのフラグも立てやすい。一つのトラブルを解決してもお人好しなため、また困っている人間がいればまた首をつっこみ、奔走する。勝手に動き回ってくれる主人公は作り手にとってかなり書きやすいらしい。


私とは完全正反対のタイプだ。むしろ、私みたいな乙女ゲームの主人公いないわ。

こんな人嫌いで口汚い小娘、せいぜい使い捨てのゲストキャラが関の山だろ。どう考えても使いづらいわ、こんな性格の悪いヒロイン。マジでそこらへんのサブキャラの女と代えろよ。ヒロインっぽい顔の女は結構見かけるし、私よりも遙にマシな性格の女は絶対いるはずだ。


「………………アホくさ」


ぐるぐる頭の中で色々愚痴っていたが、だんだん馬鹿らしくなってきた。ムカついても愚痴っても訴えても結局何も変わらないし、変えられない。


うさぎがいないせいなのか、怒りの矛先を向ける相手がどこにもいないためただただ虚しくなるばかりだった。うさぎがいれば多少なりとも鬱憤を発散できるため、今のように鬱々した気分にはならなかったろう。


なんだか考え疲れたわ。


「寝よ」


本当に気力体力が一気に削れる一日だった。

今日はもう、この格好のまま寝ちゃおう。着替えは次に目が覚めたときでいいや。

私はうつ伏せの格好のまま、足の指先で靴下だけをぽいっと放り投げた。


そのまま一切起き上がることなく毛布に包まり、目を閉じた。



――本来だったらこのまま夜を通り過ぎ、一日を終えるはずだった。まさか1時間後、最大最悪の夜を迎えるなんてこの時は思ってもみなかった。私はこの夜ほどうさぎに殺意を抱く夜はなかった。

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