第77話なんで、この世界は常に私を不愉快にさせるんだ

私は裏手の倉庫に立て掛けられていた竹箒を片手に店の前で立っていた。地面には葉や枝、ほこりが散らかっており風が吹けば吹くほど葉が舞い乱れた。


「これ、全部掃くのは無理だな」


壁にもたれながら呟いた。風というものは予告なく吹くものだ。

たとえ、ここを一掃したところでまた集まってくるだろう。こういうのは掃いても掃いてもキリがない。


「適当でいいかとか考えてるでしょ」


またもやうさぎが心を読んできた。


「めんどくさい」


うさぎに答えるのも体を動かすのも億劫だ。


「君が掃除するって言ったんだよ」


「私が掃除したくて掃除するって言ったと思うか?」


私はそんな健気な真面目人間じゃないぞ。掃除するって言ってのは適当にサボるための方便だ。あの男にこれ以上呼び止められないためも含まれている。


「思わないけど。そんなにシオンと話すの嫌?」


「ああ、初めて会う客になぜか目をつけられて変に絡まれてうんざりしているわ」


「それ、続いてたんだ」


何回も言い続ける。何回も言ったら嘘も本当になるんだ。


「でも、レイにしたらサボり方が下手だと思うよ」


「は?」


どういう意味だと私はうさぎを見上げた。


「だって外、かなり寒いよ」


風がビュンと音とともに吹き乱れた。四方からの風に服や髪の毛も乱れ、肌を打つような冷たさに体も強張る。


「なんで言うんだよ。せっかく風を忘れていたのに」


「レイ、寒さで語源がおかしくなってるよ」


冷風で鳥肌がたっている肌を沈めるように布越しで肌を擦る。店を通り過ぎる人も寒空の下を歩いているせいか早足になっている。

私の今の格好はシャツにブラウンスカートという薄着。ただでさえ寒いのにこの寒空の下でこの格好はあまりにも似つかわしくない。


「レイだって外に出て後悔してるんじゃない?だってさっきから箒持ったまま微動だにしてないじゃん。適当にやってサボろうとか思ってたらしいけど、こんな寒い中サボれる?」


悔しいがうさぎの言うとおりだ。外に出る前は適当にぱっとやったら、どこかに座って時間を潰そうかと思っていた。しかし外に出た途端、思いのほか風が強く吹き乱れていた。この店に到着するまで確かにあった日差しも今は雲に隠れ、陰りを帯びている。


なんでだよ。日中あんなに天気良かったのに、私が外に出た途端タイミング見計らったように太陽が隠れるんだ。なんで、この世界は私を常に不愉快にさせるんだ。


「一応、フリでも少しやる。ぜんぜんやんなかったら後であれこれ言われそうだし」


しかし、喧嘩腰に言い放ってしまった手前すぐ店の中に戻ることは気が引ける。

第一、店に戻ったらまたあの男から面倒くさく絡まれるかもしれない。

別に我慢できない寒さではない。それに最悪の場合、どこかの他の店で1時間くらい時間を潰せばいい。あの男の客はケーキもコーヒーも飲み終わってた。さすがに1時間も居座ることないだろう。


「意固地だね」


「ああ?」


ギロリとうさぎを睨み付ける。寒いんだからいちいち苛立たせるな。


とりあえず、ぱっとやるか。


今は風が落ちつき、葉もほとんど動いていない。

私は竹箒の柄の部分をもち、葉を集め始めた。


「ちょっと、そこの君!」


突然、知らない男の声が聞こえた。

私のことじゃないだろう。ここは店の外だし、あの男の声でもない。

私は無視して葉を集める。


「君だよ、君!」


「レイ」


うさぎがちょんちょん肩をつついてくる。


「は?」


「君みたいだよ」


「ちっ」


私は舌打ちを鳴らし、掃く手を止めしぶしぶその声がするほうへ顔を向ける。

その男は見覚えがまったくない男だった。細身で体が薄く丸メガネをかけているインテリ系の男。なぜか、私のほうをものすごい眼光で睨みつけ、あからさまな敵意を向けている。


「何か?」


私は男から危険なものを感じ、竹箒を構える体勢を取る。


「君だろ?僕の彼女に変な入れ知恵して、別れるように仕向けさせたのは!なんてことしてくれたんだよ!」


男は私を指差し、怒鳴り散らした。


何言ってんだ、こいつ。

身に覚えのないことを怒鳴り散らされて、私はただ困惑するばかりだった。


「人違いでは?」


「いいや、君だ。ここのカフェで働いている髪の短い子からアドバイスをもらったって僕の彼女が言っていたんだ」


「は?」


「まだ、とぼける気か!妊娠したなんてふざけた嘘で僕を試すように彼女をそそのかしたんだろ!」


「妊娠………あ」


もしかして、彼女というのは収集癖のある彼との将来に悩んでいたあの女性客か。ということは、この目が血走ってる男が例の収集癖のある男か。


「別れを切り出されたとき、彼女から聞き出したんだ!まさかこんな子どもの言葉を真に受けるなんてどうかしてる!」


男は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。この男の様子だとおそらく私が提案したやり方を実践したんだろう。妊娠を告げられ男は怖気づいた反応を示し、女性は別れを決断したんだろう。


得心がいったと同時に怒りが湧き上がった。私のことは言うなって言ったのにあのアラサー。

本当にこの世界のなにもかもが私を不愉快にさせる。


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