第49話なんの真似だ?
「………」
「………」
「………」
「………おい」
「・何?」
「なんの真似だ?」
「何って?」
「耳で頭をなでるな」
うさぎはあの後、ずっと私の頭を長い耳でぽんぽんと撫でている。ふわふわとした毛先が頭皮に当たってむずむずする。
一体なんの真似だ。その仕草はまるで傷つた子供を親がよくやる慰め方に似ていた。さきほどまで私は頭に血が上っていた状態だったのでうさぎの存在を完全に思考から消していた。うさぎが何か言っていた気もするし、何も言っていない気もする。
私はうさぎのその仕草にむっとする。なんだかバカにされている気がする。
「なんなんだそれは?」
後ろにリーゼロッテがいるので声をできるだけ忍ばす。
「だって確実に君のようが苦しそうだったし、今にも泣きそうだったから」
「は?」
お前まで何言ってんだ。
「慰めんならあっちにしたら」
あっちとはもちろんリーゼロッテのことだ。
うさぎは私の頭から耳を離した。
「色々嫌味とか皮肉ばかり言ってるけど」
「あ?」
「本当は感受性がすごく強い子なんだね」
「は?」
思わず歩く速度を徐々に落とす。ざわざわとした声が周囲にあるはずなのに、うさぎの声がやけに耳に響く。
「でもそんな……繊細な自分が嫌いなんだね」
「ああ!!??」
足を止めてうさぎを睨み付けた。
「ど、どうしたの?」
後ろからリーゼロッテは心配そうに見つめてくる。
「なんでもない」
うさぎが見えない彼女にはそれしか言えなかった。
むかつく。人目がなかったらいままでにないほどうさぎをぶん投げていたのに。
そういえば誰だったんだろう、あの男
あの長身の男が間に入ってくれたおかげで私は冷静さを取り戻すことが出来た。
あの男は私を知っているようだった。
★☆★☆★☆★☆
『じゃあ、レイも一緒に居るんだな?』
「ええ、1時までには着くと思うけど一応連絡しておこうと思って」
『わかった』
「できるだけ急ぐね」
『何かあったのか?声がなんか落ち込んでいるように聞こえる』
「な、なんでもないよ」
『もしかしてあの口汚い女に何か言われたのか?』
「おい、聞こえてるぞ」
私はリーゼロッテが持っている鏡に向かってつっこんだ。私とリーゼロッテが移っている鏡からアルフォードの声が聞こえる。リーゼロッテが持っている鏡は一見普通の鏡だが、アルフォードのノアで声が伝達できるようになっている。
今はその鏡で連絡中だった。
『リロ、もし罵り女に何か言われたから俺に言え。守ってやるからな』
「だから、聞こえてるって言ってるだろ」
なんでリーゼロッテが落ち込んでいる要因がすぐ私になるんだよ。
まぁ、当たっているけど。
「と、とにかく、急ぐね」
そう言ってリーゼロッテは鏡をさっとポケットにしまった。
「レイ、行こう……っおっと」
荷物を抱えているリーゼロッテはバランスが上手く取れず、よろけた。
私はよろけたリーゼロッテの腕を支えバランスを取らせた。
「あ、ありがとう」
「落とさないように気をつけろ」
私は片手で紙袋の底を持ち上げた。
「いっそのこと持ってあげたら?」
それを眺めていたうさぎが頭上から話しかけてくる。
(持たないよ)
私たちは少し早足でカフェに急いだ。
「着いた」
早足で駆け、荷物の重量を二人で共有していたため思いのほか早めに目印の青いドアを目に付くことが出来た。
「早く準備しよう」
リーゼロッテは荷物を持ち直し、店の中に入った。
「あれ?」
店の中に入ろうとしたとき、あるものが目に留まった。
「……この看板」
「できてたんだね」
うさぎも一緒にそれを見つめた。
縦長のスタンド看板だ。前の看板よりも一回り大きく、新調したとすぐにわかる。文字と飾り模様がバランス良く並び、目を引きやすい。空白だった部分にはリーゼロッテが言っていた通り可愛らしいパンダの絵が描かれている。
「本当にパンダ描いたんだ」
私は全体が全部見えるように一歩下がった。
「こうして見るとリーゼロッテって本当に絵がうまいなって感じるね」
うさぎも私と同じように看板に見入っている。
「レイ、どうして入らないの?」
私が一向に店内に入ってこないのを不思議に思い、リーゼロッテが呼びに来た。
「あっ」
リーゼロッテは私が看板を見入っているのに気づき、声をかけるのをためらっっている。
「完成したんだ」
「うん」
リーゼロッテはゆっくりと私に近づき、一緒になって看板を見た。
「二人でやったからなのかな?この看板のおかげで朝からお客さんが入ってるの」
「二人って、私は見てただけだけど」
「ううん、これは二人で完成させたものだって私は思ってる」
私はちらりとリーゼロッテを見た。嬉しそうに微笑んでいる。
いや、だから私は見てただけだって。
これをリーゼロッテは一人で完成させた。文字も色も飾り模様もパンダも一人で描いたんだ。ただ口をだしていた私は果たして一緒にやったといえるのだろうか。正直、共同作業したとは言えないと思う。
「やっぱりこれは――」
「おい、何やってんだ、忙しいんだから早く入れ」
アルフォードがいつまでも店内に入らない私たちを呼びに来た。そのせいで私の言葉は遮られてしまった。
「あ、ごめん。レイ、何か言った?」
「いや、なんでもない」
これから仕事を再開するリーゼロッテのモチベーションを下げる必要もないだろう。
私たちは店内に入った。
「客いるな」
私は少々呆気にとられた。店内はほぼ満席状態だった。いつもガランとした店内しか見たことのない私にとってこの光景は目を丸くしてしまう。
「早く着替えてくれ」
アルフォードに急かされ、私たちは急いで店の奥に行った。
その後、私たちは忙しなく働いた。
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