第48話だから私は彼女と違ってクズなんだろうな
私はちらりと横目でその人物を確認する。
背が高い。この世界で見てきた中で一番の長身かもしれない。肩幅も広く服越しでもがっちりしているとわかる。見上げると
男は茶色い紙袋を軽々と抱えている。その紙袋はリーゼロッテが地面に置いた紙袋だ。
「これ、君らの荷物だろ?」
気さくそうに私たちに男は話しかけてくる。
「ちゃんと手元に置かないと誰かに持ってかれるぞ」
「あ、はい。ありがとうございます」
リーゼロッテは戸惑い気味に紙袋を受け取った。さきほどまでピリピリとした空気だったのであっけらかんとした口調に私たちは毒気を抜かれてしまっていた。私たちは言い合いをしていた。いや、私が一方的に責め立てていたといったほうが正しい。そんな中この男はそれを仲裁するかのように私たちの間に割って入ってきた。
「俺は途中からしか見てなかったけど、よく言ったと思うぞ。少なからず俺らが抱えていた不満の一部をぶちまけてくれたようなもんだからな」
男は口角を上げながら言った。
「まぁ、向こう見ずなところはともかくな」
二カッと笑うと白い葉が見えた。リーゼロッテはその言葉でさきほどの凍りついたような表情が徐々に和らいでいった。男は私とは違い、リーゼロッテの行動や言葉を打算的に考えず素直に賞賛したのだ。
それを見ているとさきほどまで苛立っていた感情が冷静になっていく。
なんてみっともない真似をしたんだ。なんてバカなんだと。
今日ほど醜態を人に晒した日などあっただろうか。あれでは駄々こねていた癇癪持ちみたいではないか。
思考が冷静になっていくと途端に頭を抱えたくなってくる。
男は今度は私に視線を向けてきた。
なんだろう。みっともないって言われるのだろうか。
思わず身構える。しかし、男は気さくそうに笑いかけてくる。
「いつもありがとな。贔屓にしてくれて」
「え?」
「次も待ってくぞ」
ポンと軽く肩に手を置いてそのまま去っていった。
え?何?どこかで会ったことあるの?
「レイ!」
考え込む姿勢を取っていたらリーゼロッテが話しかけてきた。さきほどのこともあり突然思い立ったように声をかけられ、思わずビクっと震える。
「仲直りしよう」
「は?」
「握手」
リーゼロッテはすっと右手を差し出してきた。
私はじっとその右手を凝視した後、その右手にポンと握っていたチーズを置いた。
「え?」
「仲直りも何も別にケンカしてたわけじゃないし」
私はぷいっとそっぽを向きながら言った。
「いろいろ言ったけど、結局は私よりはマシだとは思う。暴行されていた男が女、子どもだった場合でも助けなかったと思うから。リスクばかり考えて」
私も結局は素通りしていったモブキャラと同じ思考だった。『誰か止めてくれるだろう』『自分がやらなくても』『矛先が自分に向かうのが嫌』。
そんな思考だった。
人任せにして自分が動かないのをもっともらしい言い訳をつけたがる臆病者。自分が負うであろうリスクばかり考えている人間が自分へのリスクを考えないで行動した人間を果たして非難できるのだろうか?
私は自分だって飼えないのに捨てられていた猫を素通りしていった人間を非難してしまうような、自分を棚上げにするタイプの人間だ。そんな自分を認めたくなくて自分より相手の短所を必要以上にあげつらう。
だから私は彼女と違ってクズなんだろうな。
「だから私みたいな人間の言うことなんてあんまり真に受けんな」
私はリーゼロッテの顔をできるだけ見ないように言った。
「行くよ。マジで遅刻するぞ」
「ねぇ、レイ」
「何?」
リーゼロッテは右手のチーズをじっと見つめている。
「もしかしてこのチーズで私を助けようとした?」
ゆっくりと穏やかな口調で聞いてきた。
「そうなんでしょう?」
「……行くよ」
私は何も答えず背を向けた。
「ねぇ、レイ」
「今度は何?」
私は眉を寄せ、リーゼロッテに目を向けた。
「私、もっと考えたいと思う」
リーゼロッテは右手のチーズを紙袋に戻した。
「何を?」
「レイの言った意味や私の行動でどうなることとか、どうしてレイが泣きそうにしていたとか考えたい」
泣きそう?私が?
リーゼロッテを罵倒していた間そんな顔をしていたのか。
「私――」
「別に私のことは考えなくてもいいよ」
まだ、なにか言おうとしているリーゼロッテの言葉を遮った。
「だって別に私ら友達とかじゃないでしょ?一緒の職場にいるってだけで」
私は一瞬だけリーゼロッテを見た後、背を向けた。
そんな顔しないでよ。だって本当のことだろ。
私が歩き出したらリーゼロッテもゆっくりと続いて歩いた。
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