第20話私は優しくない

「そういえば、君なんで追われてたの?」


二人で大通りを人込みに紛れてこつこつと歩いているとき疑問を口にした。


「わかんない、ねことあそんでいたらいきなりはなしかけられたから」


男の子はきゅっと握っている手に力を込めた。


「猫?」


「うん、おいかけていたらいっしょにあそぼうっていわれて、いやだって言ったんだけどいきなりつかまれてびっくりしちゃって」


そういえば、奴ら『売る』だの『ボス』だの言っていた。それを考えると『そういう目的』のためにこの子を捕まえようとしていたんだろう。まさかそんな漫画かゲームでよく見るありがちな状況に巻き込まれるとは思わなかった。

いや、そういえばここはゲームの世界で私は一応ヒロインの一人だった。そんなお決まりな出来事に嫌がおうにも遭遇する体質なんだった。やっぱりあんまり外に出るべきではないか。それにしてもこんな子供を一人で外で遊ばせるなんて親はどうしてるんだ。おかげで私はヒロイン特性でよくあるやっかいごとに巻き込まれてしまった。


「ここからまだ遠い?」


「もう少し……あそこだよ」


男の子は指を指した。目を向けると青いドアに目を引き寄せられた。壁が白く塗装されているためその青が一層際立って見える。ドアの近くにスタンド看板が立っているがなんて書いてあるかここからじゃよく見えない。私は男の子に被せた帽子を取り自分の頭に被せた。


「ここでいいね。これからはあんまり一人で出歩かないようにね」


男の子は無言で私の足に抱きついてきた。顔をうずめるようにしてるため表情はわからない。

この子にとって私は自分を助けてくれたヒーローに見えているのだろう。

でも、私はヒーローじゃない。こんな小さい子に縋られて胸が多少痛むが私はそれよりも早くここから立ち去りたいという気持ちのほうが大きかった。


「私、行くよ?」


「……」


男の子は何も言わない。このままでは埒が開かない。どうしたものか。私は持っていた手提げの袋に目をやった。


しかたがない。私はゆっくりと男の子を引き剥がし視線が合うようにかがんだ。


「これあげるから」


「なぁに?これ」


男の子はぽかんとしながらそれを見た。


「これ、かぼちゃのケーキだよ」


「ケーキ?」


男の子の表情が少し明るくなかった。


「少し、形が崩れたかもしれないけどおいしいと思う」


おいしいなんて自分で言って少し恥ずかしくなる。


「家族の人は中にいる?」


「たぶん、いる」


「いきなりこんなものを持ち帰ったらびっくりすると思うから難しいかもしれないけどゆっくり事情を話すんだよ」


初めて会った子供にケーキを渡すなんて親からみたら私は危ない人間に見えるだろう。でも事情を知れば多少不審な感情は払拭されるはずだ。


「うん」


男の子おずおずと手提げ袋を受け取った。私は男の子が受け取った瞬間、さっと踵を返した。

「おねえちゃん―――」

後ろ髪を引かれる思いがあったがそれを押し込め、聞こえないふりをしながら立ち去った。



「あ~あ、せっかく作ったのに」


ため息が出る。まさか一晩かけて作ったケーキを見知らぬ子供にやるはめになるなんて自分でもびっくりだ。

「それにしてもあの男の子どっかで見たような」


「『レイ』にはあんな小さい子の知り合いはいないはずだよ?」


「違う。会ったことじゃなくて見たことがあるかもしれないってこと」


頭の中で微妙にひっかかっている。あれほど顔立ちの整った子どもは人目見たら忘れなさそうだが、生憎そんな記憶はない。


「裏路地に入った瞬間、胸の中がムラっと嫌な感じがしたのはきっとあの裏路地にはああいう不良共が屯っていたからだろうな」


「嫌な感じがしたの?」


「たぶん『レイ』の身体の記憶が教えてくれていたと思う。前にそんな目にあったか、見かけたか、あぶないっていう噂があったのかわからないけど」


もうあの裏路地や見知らぬ場所に行くことになって胸の中がムラッと嫌な感じがしたら近づかないでおこう。


「でもさ、そのケーキをあげるなんてけっこう優しいじゃん」


「あげなかったらいつまでも離してくれそうになかったから」


「君ってぶっきらぼうに振舞ってるけど根はけっこう優しいよね。男の子をなんだかんだ言って助けたし」


「優しくない。助けることができたのは透明化のノアと念動力のノアがたまたまあったからだ。違うノアだったらあの子を助けることができなかった。たぶん助けなかったよ」


もし、奴らが足を止めたら。もし、小石に気づかれたら。もし、あの子を追うのをやめて私に目を向けられたら。もしもなんて考えたらキリがない。でも、助けられる可能性より助けられない可能性のほうが大きかった。私は少年漫画の主人公のように身を挺して赤の他人を庇おうと思う自己犠牲精神はない。おそらく自分かわいさにあの子を奴らに渡していた。


「だからあんまり褒めんな」


私は自嘲気味に言った。


うさぎは何か言いたそうにじっと私を見る。


「なんだよ」


「君はやっぱり優しいよ」


「話聞いていた?」


「本当に最低な人間だったらそんな可能性の話に罪悪感なんて抱かないよ。ノアのチカラがあっても助けないという選択肢だってあった。でも君はそれを選ばなかった」


私はさきほどよりも強くうさぎにデコピンした。


「あだっ、何するの?」


「うっさい」


うさぎはひりひりとさせている額をさすりながら涙目になっている。私はうさぎに構わず早足で歩いた。

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