有楽島立夢の非日常

ジェネライト

#1

「着きましたわ!」

 送迎バスを降りて開口一番、その女性は山道で揺らされて溜まった疲労感を吹き飛ばすように叫んだ。

 それに応えるように、山から駆け下りた風が彼女の髪を揺らす。女性は大きく空気を吸い、やがて満足したのか、小さく息を吐き出した。

 女性の目の前には、そこそこ年季の入った旅館が山を背にして来客を迎えている。

「げ、元気ですね……」

 続いてバスから降りてきた女性も先の彼女と同じく笑顔を浮かべていた。僅かに疲れの色が見えていたが。

「当たり前じゃないの、小春うらら。せっかくの旅行なのだから、いろいろ得て帰らないと損ですわよ?」

「だからってほぼ半日、ずっとそんなハイテンションでいられる人間はそういないということも、今回の旅で覚えて帰って欲しいけどね」

 最後に降りてきた女性が、乗ってきたバスが駐車スペースへ移動していく光景を眺めながら、ボソリと呟いた。その皮肉げな言葉に、最初の女性は眉根を寄せる。

「貴女はもっとテンションを上げるべきですわ。大体、なんであなたはジャージなんか着て来てるんですか。子供の遠足ですか」

「だって動きやすいし」

「TPOを弁えなさいと言っているの。花の乙女なんだからもっとお洒落な私服の一つや二つあるでしょう?」

「ないよ」

「お、落ち着いて二人とも……とりあえず旅館の人も待ってるだろうし、中に入りましょう。事前に予約してあるんですよね?」

 言い争い――というより説教が始まりそうな空気に、眼鏡を掛けた小春という名前の女性は話題を変えようと、旅館への移動を促した。

 話を振られた高飛車な女性は少しの間、ジャージ服の女性に向けて睨みを飛ばしていたが、こうしていても埒が明かないことを分かっていたのか、意外にもすんなりと諦めの息を吐く。

「……ええ、そうですわね。いくら客側とは言っても、あまりお待たせするのは迷惑になりますし。行きましょうか」

 そう言うと、その女性は先陣を切って歩き始めた。小春も静かに胸をなでおろし、あとに続く。

「その切り替えの速さについては、わたしも割と尊敬するよ」

 旅館の入口へと向かう二人を見て、ジャージ女性も肩を竦めつつ、後ろを付いていった。

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