きょうだい。

@kaname0707

第1話

私の名前は尾形菖(あやめ)。高校一年生。私には憎んでも憎みきれない相手がいる。今日はその相手と私の話を、少しの間聞いてほしい。

私が生まれたのは1998年4月23日。東京の小さな古ぼけた病院だった。父は銀行員、母はスーパーのパートという普通の家庭に生まれた。生まれた時から私には、2歳年上の姉がいる。名前は尾形要(かなめ)。私の憎みきれない相手というのはこの女だ。

私は3歳の頃、バイオリンを始めた。姉がやっていたため、流れに逆らえず、始めてしまった。しかしその後私はこの選択のせいで人生を狂わされることになる。

姉のバイオリンを聴いた者は皆その音色に言葉を失う。姉はいわゆる天才だった。先生には将来音大に入ることを期待され、両親ともに姉のバイオリン育成に全力を注いでいた。どんな大会に出ても姉は優勝し、対して私はどれだけ頑張っても準優勝、バイオリンは好きだったし、周りの子に比べれば相当私だって上手かった。しかし姉という壁を超えることは1度もできなかった。

「今日は要ちゃんも菖ちゃんもすごい上手だったわよ!」

毎度のように母が褒める。

「うーん今回の曲はあんまし好きじゃなかったなー」

姉はいつでも余裕の表情で笑っている。私は悔しさに歯を食いしばった。

私は中学受験を理由にバイオリンをやめた。

私の家には姉のとった賞状やカップが所狭しと並んでいた。私はそれを見る度に自分の才能のなさを突きつけられているようで猛烈な吐き気がした。

両親はというと、両方とも兄弟がいるからか、比べられることの苦しさをしっていたようでなるべく私達を平等に扱うよう気をつけていた。しかし私にとっては私の前で必死に賞の話を避ける両親の姿に逆に嫌悪感が湧き上がっていた。そしてその様子や気遣いを気にもしていなさそうな姉には毎度苛立っていた。

そんな中、1番私を絶望に陥れる出来事がおきた。小6の冬私は中学受験に落ちた。姉と同じ学校を受け、姉と同じレベルのテストを受け、そして落ちたのだ。合格発表の帰りは本当に最悪の気分だった。水っぽい雪も、重くて鉛のような雲も、近くで騒ぐ同い歳の子供たちも、周りの景色全てが憎らしかった。

家に帰ると

「気にしなくて大丈夫よ、中高一貫校なんだから、高校からでもお姉ちゃんと同じ学校に入れるわよ。今回は菖ちゃん少し風邪気味だったんだし。」

母に励まされた。

「うん。また頑張るね。」

母は優しさのつもりで言ったのだと思うが、私にとってももう呪いにしか聞こえなかった。

しかし、仕方なく入った地元の中学で私はとても素晴らしい出会いをした。吹奏楽部で出会ったトランペットと、ひとつ上の学年の花宮先輩だ。

トランペットは、バイオリンを弾いていた頃の辛い記憶を忘れさせてくれた。力強い音色を奏でるたびに私の嫌な思い出が薄れていくような気がした。きっと、音楽で得た傷は音楽でしか癒せないんだ。姉の体験したことのない楽器を自分が使っていると思うととても爽快だった。

そして花宮先輩、私と同じトランペットパートでいつでも笑顔を絶やさない、とても優しい先輩だった。私は彼女に自分の理想の姉の像を投影していた。平凡だが優しく人の気持ちを考えられる。メイクや髪の毛、服もこの先輩に教えてもらい、真似をした。姉とそっくりに短かった髪も伸ばした。やっと私は普通の女の子になれた気がした。

中二で出た吹奏楽の大会もとても楽しかった。バイオリンを弾いていた頃のような、押しつぶされそうな緊張感は消え去り、仲間と音を揃え協力し合う達成感を感じられた。

家に帰ると毎日姉はリビングで、ぼーっとした顔で進学校の難解な問題を解いていた。

「お姉ちゃん冷蔵庫のプリン食べた?」

「え、、あーごめん食べた、食べたかった?」

「ううん、大丈夫〜」

私たち姉妹は傍から見れば普通に仲が良い。会話はこれくらいしかないが。

こうして見てみると、姉が私より優れているのはバイオリンだけではなかった。目だって姉はくっきりとした二重なのに対し、私はほとんど一重にしか見えない奥二重だ。身長だってまだまだ姉の方が高い。姉はいつもお菓子を頬張っているのに、ダイエットに必死な私よりもスタイルが良く、それに色白だ。なぜ神様は平等に私たちをつくってくれなかったんだろうと思い悩み始めると苦しくなってくるので私も自分の宿題を始めた。

やがて私は中学三年生になり、受験シーズンが近づいてきた。その頃の私は調子に乗りまくっていた。楽しい部活に日に日にメイクで可愛くなる自分。もう完全に姉の呪縛からは解放されたと思っていた。そして私はまた姉という壁に立ち向かおうと、簡単だと、思い込んでしまった。その先に待っている地獄に気付かずに。

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