第4話 一歩踏みしめた暗い闇

[自分が誰なのかわからない]


 そう気が付いた途端、少年は急に不安になった。辺りの闇がぐっと濃くなり、周りに何かが蠢いているような気すらし始めた。何が、と問われてもその時の少年にはその想像すら出来なかったのだが。


「どうしたのじゃ、大丈夫か?」


 小さな生き物が、少年の髪を掴み、頭の上から覗き込むようにして見ている。依然として、黄色の『?』が出たままだ。


「僕……何も、覚えていないみたい……です。僕の事、何か知ってますか?」


「何も……そうか、いや、すまぬ。妾は上から落ちてきたお主を受け止めただけでな。生憎なにも知らぬのだ。ついでに言うと、お主の事一度燃やしてしもうた。許せ」


 上から落ちてきた、落ちてきた少年をこの小さな生き物が受け止めた、この小さな生き物は一体誰なのか、(あと、僕を燃やした?)聞きたいことが山ほどある。


「えっと……アナタの……お名前は?」


「シュティーナ = アルビドション、じゃ」


「そう、ありがとう。よろしくお願いします、シュティーナ……アルビドションさん?」


 小さな生き物はどこか警戒した様子だったが、少年がそう答えると心底安心したのか、「シュティでよいぞ」と答えてから少年の頭の上から鼻にかけてがくっと垂れ下がった。再び見つめると、『?』だった矢印が『シュティーナ = アルビドション』に変わって消えた。色はそのまま黄色だったが。


「上から……」


 少年がその場で言葉通り上を見上げると、そこには見るからに固そうな岩があるだけで、何もない。こんなところからどうやって落ちてきたというのだろうか。


「あぁ、上と言ってもこの真上という訳ではないのじゃ。歩けるか? 燃やした詫びといってはなんだが、案内くらいはしようぞ」


 少年はゆっくりと立ち上がってみる。体はまだふらふらと傾くが、どうやら歩く事くらいは出来そうだ。体にかけてあった毛布を腰に巻き付けて、歩き出した。辺りはたき火の光以外真っ暗だったが、頭の上にシュティがいたおかげか、不思議と不安にならずに足を出せた。


「その、僕この格好なんですが、さっきから燃やしたっていうのは、僕の服のことですか?」


「…………そ、そ~~~~じゃ。服をな、服だけをこう……ぼぼぼーーーっとな……やってしまっ……あ、ほれ、あそこ。あそこの光のある岩に立って上を見上げてみぃ」


 何やら必死なシュティに髪の毛を引っ張られせっつかれつつ暗がりの中で光を探して歩くと、よくよく見ないとわからないほどに薄く淡い光が差し込んでいる場所があった。少し遠くにあるはずのたき火の光が逆に強すぎて、本当に目を凝らさないとわからないくらいに薄かった。


「光がさしているのに……何も見えない?」


 確かに光は届いている。しかし、少年が見上げてもやっぱり岩が見えるばかりで、空が見える様子は一つも無かった。


「ふむ、間違ってもここが人に見つからないように魔法がかけてあるから、お主には見えなかったかのぉ。しかし、お主は本当に運が良かったんじゃよ。この上にはかなり高い所に人一人がやっと通れるくらいか細い穴が空いておってな。光はそこを通っておるんじゃが、お主はそこを落っこちてきたんじゃからなぁ。……いや、実のところもう死んでおるのではないか?」


 僕の目には見えない何かを見ているのか、シュティは上を見上げて眩しそうに目を細めているようだった。その言葉は「実は妾の知らぬ新種のアンデッドの類かもしれぬな……」と少年の髪の毛を引っ張りながら続いた。アンデッドとは、なんだろうか。


「僕生きてますけど……。魔法? 使えるんですか?」


「当たり前じゃろう。生きとし生ける物、皆魔力が備わっておる。形や色や、その量は違えど必ずあるのじゃ、お主そんなことも……ないのか、記憶が」


「……はい」


 当たり前を知らない、というのはとてもつらい事だと少年は寂しく思った。言われてすぐに理解できる言葉と、出来ない言葉があることも。よくよく周りを見れば、辺りは青緑色の『?』で溢れている。石を一つみると、やはり『?』。たき火一つとっても、見つめると『?』と出る。これがたき火であると少年は分かっているのにである。それともたき火であると少年が勝手に思っているだけで、本当は別の何かなのか。これも、当たり前なのだろうか。


 少年の苦悩する様子に、シュティが頭の上で「うぅむ、やはり妾のあれがまずったかのぅ……」と呻いた。


「この上、どうやったらいけますか?」


「むぅ、この上か? 向こうに土壁があるでの、人間ならきっとそこからくるだろうとは思うが」


「土壁ですか?」


「あぁ、人間はな、何やら技術というものを持っているらしくてな。比較的魔物の少ない土の中をえっちらおっちら掘り進めては、この最下層を目指してくるのじゃよ。今は最高でも300階くらいだったかの。妾には到底うまくいくとは思えなんだがな」


 そう言うとシュティはため息交じりに肩を竦めてみせた。


「ここを目指して……」


 少年が周りを見てみるが、辺りにはたき火の明かり以外には岩と岩の隙間から這い出している根のようなもの、そして暗がりが広がるだけで目新しいものは何もない。


「ここに、人間が欲しがるようなもの何かあるんですか? 石とかしかないように見えますけど」


「ふむ……」


 少年の問いにシュティは足元に飛び降り小さな石を持ち上げると、空中に放り投げてから、そのすぐ後に石に向かって何かを放るような仕草をした。

 何の音もしないまま真っ二つに割れた石は、落ちた時には中から銀色の石が顔を出していた。青緑の矢印が『?』と出ている。


「おや、いきなりにしてはそこそこじゃった」


「これは……」


「これは、多分自然銀というものじゃ。妾もそこまで詳しくはないのじゃが。人間はこういったものを沢山集めて、様々な道具を作るのに使うのだそうじゃ」


 シュティが少年の頭の上に戻る。どうやら少年の頭をいたく気に入った様子だ。それから、そのまま少年の近くの地面に向かって再び手を振ってみせた。

 地面に落ちていた石のいくつかがパカっと開き、中からはまた色の違う石を覗かせた。10個開いて、3個ほどは『?』ではなく、『自然銀 加工不可』という文字が現れる。


 なるほど、そこらへんに落ちている小さな石にこれだけ入っているのだから、確かに集めれば結構な量にはなりそうだ。しかし地下300階ほどしか到達できない人間が地下999階を目指す目的がこういった石を掘る事だけだとは、どうにも説得力に欠ける話だ。


「これが、目的なんですか?」


「いいや、違う。これらは目的を達成するための手段として集められているのじゃ。より強力で、価値の高い武器や、防具を作ってな」


「武器や防具を……」


「そうじゃ。武器や防具を作るその目的は、この地下999階の巣穴で眠る、ドラゴンそのものという話じゃ」


「ドラゴン……それを、どうするんでしょうか?」


「そんなことは、妾は知らん。妾は上の階にやってきた人間の言葉を盗み聞いただけでな。恐らくは、至上最高の強さを誇るドラゴンを殺して、爪や牙や鱗に至るまで利用しつくしたいとでも思っておるのじゃろうよ。ましてや相手は古代龍じゃ。その利用価値は計り知れぬものがあるのじゃろうて」



 シュティのその話で再び、少年は気付いたことがあった。

 だので、至極当然に聞くに至る。


「あの、ところで……古代龍エンシェントドラゴンってなんですか?」



 シュティは少年の頭から勢いよく落っこちた。



   *


 name:少年


 equip : 腰巻布


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