愛は義務より良い教師である。Ⅸ
「毒ヶ杜さん……今何て……」
驚愕の言葉を聞いた気がして開いた口が塞がらない。
「ふふっ。女の子に何度もこんな事言わせるなんて、目島君も罪な人ね」
そう言った後、いいわ。特別にもう一度言ってあげると言ってその顔を僕に近づけた。
「ちょっ!? 毒ヶ杜さん」
「こうやってあなたと一緒に居られて、こうして触れていられる事が私に取っては至上の喜び。……目島君、好きよ」
言って毒ヶ杜さんは僕の干からびた唇に自分の唇を静かに重ねた。
「っんぐ!?」
人生初めてのキスは変な声が出た。……でも凄く甘かった。
「……んはっ」
静かに唇を離した毒ヶ杜さんの口から色っぽい吐息が漏れる。
「目島君の唇、硬い。……でも、凄くあったかい」
紅潮した毒ヶ杜さんの表情に感化され、僕の鼓動は速さを増してゆく。
間違いなく過去一で頭が真っ白になり、何も考えられない。
心臓だけが今の僕を表すように、スタンビートする。
「ふふっ。目島君心臓の音すごい」
「ふぇい? いや、あの……やめて、き、聞かないで」
かなりの動揺である。
(僕、今毒ヶ杜さんと……)
「ふふっ。その反応女の子みたい」
言って毒ヶ杜さんは口元を手で覆って笑う。
「私はあなたの事が好き。どうしようもないくらいに。……でも私は学校一の憧れ。アイドル。高嶺の花。なりたくてなったわけじゃないけど、なってしまったからにはみんなの期待に答えないといけない。……だから無理なのよ、私には。みんなが当たり前にしてる普通の恋をするのは」
そう言う毒ヶ杜さんの顔はどこか悲しく、儚く、綺麗に見えた。
「それでも、私はあなたが好き。こんなにも好きなのに、この想いが伝わらないで終わるなんて絶対嫌だった。少しでも伝えたかった。……だからこれが私なりのやり方だった、のよ」
毒ヶ杜さんはずっと僕の事が好きだった。でもそれを叶える事は高みを取った彼女には、高みを取ったからこそ手に入れることが出来ない。
客観的には絶対分からない悩みを皆に悟られないように隠しながら演じていた。
それを悪いとは別に思わない。人間なんだから誰にだって欲はある。それに人間は外で生きる為には必ず何かを演じて生きないといけない。
彼女のそれは学校の頂点。彼女はただ、みんなの想いを守ろうとしてただけなんだ。
死ぬ間際だったからか、彼女のそういう事情を知る前だったからか、僕は一度彼女を『悪女』と例えた。
……間違えてた。彼女は悪女じゃない。悪女なわけない。
学校の希望。僕の希望。みんなの希望になろうと悩んで頑張っていた彼女が、悪女なわけない。
……悪女なわけないんだ。
(本当は僕が先に言いたかったけど……)
「毒ヶ杜さん」
僕は毒ヶ杜さんを呼んだ。それに反応して彼女は僕を見下ろす。
「毒ヶ杜さんの想いは伝わったよ。……僕も、僕も君の事がずっと好きだった!! 好きで、好きで好きで好きで大好きで、ずっと見てた。でもきっとそれで終わるって思ってた。それでもよかった。毎日君を見るために学校に通って三年間終えても、それでもいいって思ってた。でも今は違う」
思い切り酸素を身体に取り入れて、その言葉を吐き出した。
「僕はこれから君と一緒に生きたい。君の為に生きたいんだ!! ……だからこんな僕でいいなら、その、ぼ、僕と……付き合ってください!!」
言った。ついに言った。僕ちゃんと想いを伝えたよ、先生。
目を閉じて、彼女の返事を待つ。
どれくらいの沈黙だっただろうか。時が止まった様なそんな静けさの中、僕の頬がぴたんと濡れた。
目を開けるとそこには涙を流しながら、笑う毒ヶ杜さんがいた。
「嬉しい……」
一言そう言って毒ヶ杜さんは僕を引き寄せて、抱きしめた。
「ありがとう……目島君」
心地のいい毒ヶ杜さんの声が、僕の耳に届いた。
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