愛は義務より良い教師である。Ⅵ
***
「あの……毒ヶ杜さん?」
薄暗い建物の中で目の前に立つ毒ヶ杜さんに声をかける。
「何? 目島君」
ふふっと微笑んだ毒ヶ杜さんは不敵に見える。
「何って、ここ集合場所の宿泊施設じゃないよね?」
今は使われてない古びて煤けた廃ビルの三階に僕らはいる。
知らず知らずの内に毒ヶ杜さんに誘導されて僕はここにたどり着いた。
額から流れる汗がこめかみに伝って、ひんやりとしたコンクリートに落ちた。
「そうね」
静かに一言そう言ってつかつかとこちらに歩いてくる。
「そうねって……早くみんなの所に行かなきゃ。心配してるよ」
「えぇ。行くわよ……用事が済んでからね!!」
そこで毒ヶ杜さんの雰囲気が変わったことに気がつき、迫ってくる毒ヶ杜さんに思わず大声を上げる。
迫ってくる毒ヶ杜さんから逃げようと背中を向けた瞬間、足がもたついてその場に倒れた。
「いたっ」
激突の反射で閉じた目を開くと新幹線の中と同じ顔をした毒ヶ杜さんが、目の前で僕の両腕を掴んで僕の上に馬乗りになった。
「逃がさないよ」
「毒ヶ杜…さん。いたっ……痛い」
ギチギチと音を立てて握る僕の腕に今にも千切れそうな痛みが走る。
「つ、爪!! 爪立ってる!」
あまりの痛みで居ても立っても居られず、その場でバタバタと暴れる。
「ふふっ……ふふふ。動いちゃダメだよ~目島君」
暴れる僕を歪に笑って押さえ込もうとする毒ヶ杜さん。
「何で……こんな、事……するの」
痛みに耐えながら、僕は口を開いた。
「さっき言ったでしょ? 用事を済ませるって」
「だから、それが何な……がぁっ!!」
皮膚に食い込んで依然ギチギチ握る力を、更に強められた僕の腕は限界を超えて、ぱぁーと宙に鮮血を撒き散らした。
「がぁぁぁぁぁあっぐぁぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!」
ビチャビチャと生々しい音を残して、コンクリートに落ちた鮮血は、破裂した腕から流れる血と合わさってドロドロと溜まっていく。
同時に自分に跳ね返ってきた返り血を浴びて、真っ赤に染まる自分の両手を見て、毒ヶ杜さんは天上を見て高笑いをした。
「あはっあはは。あはははははははははははははははははは!!」
そんな毒ヶ杜さんを見て目を丸くして、口をだらしなく開けて、ハァハァと苦しそうにして見つめる。
(何これ……何なのこれ?)
本当に何なのこれ……状況も状態も全く理解できない。
何が起きた? 何でこうなった?
この人誰? ……いや、そんな事もうどうでもいい。
今まで心のどこかでそんなわけないって信じてたそれは偽りだった。……って事だろ
いくらそんな事考えても、思っても、言っても、何しても目の前にいるのは毒ヶ杜さんだ。
幻想、妄想、虚想。……毒ヶ杜さんに出会って一ヶ月とちょっと。一目ぼれで、本当に本気で好きになって、話しかけるなんて度胸僕にはなくて、遠くから見てるだけで幸せで、そんな日常も幸せの一部で、高望みなんかしなかった。それだけあれば満足だった。
でも、それは偽りで……神は僕からそれを奪った。
アインシュタイン先生は神は皆に平等だと言ってた。これは僕が通るべき一つの道だったの? 自分が望んでなくても、それは自分が選択した道。
ははっ。結局、僕じゃ先生のような天才にはなれないって事らしい。
先生はやっぱり凄い。『天才とは努力する凡人のことである』
……間違ってない。僕にはその努力が足りなかったんですね。
両手が動かない。力も入らない。僕、死ぬの?……人間って脆いな。本当に。
これは僕の人生。毒ヶ杜さんに出会って、好きになった……僕の人生。
これだけははっきり言いたい。こんな結末だったけど、僕は毒ヶ杜さんに出会えてよかった。毒ヶ杜さんを好きになってよかった。
その事に後悔はしていない。
ありがとう。さようなら。
僕の、愛しの悪女さん。
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