人が恋に落ちるのは、万有引力のせいではない。ⅩⅩ

***


「目島と委員長の組み合わせって意外~何々? 二人って付き合ってんの?」


 いつもの様に唇を吊り上げて、腹の立つ話し方で興味深々と言わんばかりに目を輝かせて木下が言った。


 この状況にテンぱった僕は即座に答える。


「ち、違うよ!! 付き合ってるとかそういうのじゃ……ないよ。そ、そのただ、買い物に来てるだけだよ」


 そう言って横目でちらっと毒ヶ杜さんを見る。


 その様子は変わらず、毒ヶ杜さんは目をぱちくりさせて口を開いた。


「もしかしてあれかな? 修学旅行の準備で買い物に来てたのかな?」


 その言葉に僕の心がぱっと明るくなる。


(流石毒ヶ杜さん、空気が読める!! その言葉で一気に場の空気感が変わった)


「そ、その通りです」


 毒ヶ杜さんのその言葉にかかさず便乗させてもらい、肯定する。


「マジぃ~? 私らと一緒じゃん」


 一番手前の木下が僕を見て、ほくそ笑みながら言った。

 その後ろでは言葉にこそ出さないが、視線で物凄い圧力をかけてくる冷百合が立っている。


 せっかく緩んだ空気が木下の言葉一つで再び重くなる。

 余計な事をしてくれる。よくもまぁ一言で場の空気を変えられる。何て言うんだろう。リア充が持つ特有のオーラ? 纏っているだけでうちら勝ち組だからうぇーいみたいな、うちらが正義だからうぇーいみたいなあれ。

 下位の者は決して持てないあの謎オーラが今の僕を苦しめる。


「あっそうだ! それならせっかくだし一緒に見て回らない? みんな目的は同じなんだし、その方が楽しいよ」


 明るく笑って毒ヶ杜さんは一歩前に出て言った。


「……私は別にいいよ」


 冷百合が静かに僕から視線を外さないままに言う。


「えっ、マジぃ? ……じゃあ目島はみんなの荷物持ちね」


 意外にもすんなりと勝手に話がまとまった事に驚愕しながら、僕は隣の委員長を見た。


「……そうだね。一緒に回ろうか」


 何かを考えた後に、にこっと笑って委員長は言った。


「よし決まりぃ! じゃあ時間もったいないからいこいこ!!」


 木下が声を張り上げてそう言うと僕達はその場から動き出した。


「ん?」


 目の前でがやがやうるさく話をする木下と冷百合、それを隣で笑って聞く毒ヶ杜さんという図を見て歩いていると、ポケットにしまった僕の携帯が震えた。


 見ればそれは委員長からのレインで、僕のすぐ隣を歩いている委員長をちらっと見てから画面に視線を落とした。


『勝手な事言ってゴメンね? 本当のデートは今度ちゃんとしよ? あと、目島君へのプレゼントは必ず渡すから楽しみに待ってて』


最後に可愛らしい猫のスタンプで締められたそのメッセージを見て、僕はばっともう一度隣の委員長を見た。

 今度は携帯を両手で持つ委員長と目が合って、優しく笑ってウインクをされた。


「!?」


 それを見た僕は、心臓が張り裂けそうな程の衝撃を受ける。


(委員長、可愛すぎぃ!!)


 きっと今の僕は顔が真っ赤な事だろう。


 何だろう……この感覚。

 身体が熱くて、胸がドキドキする……

 ……いや、僕はこの感覚を知っている。


 そうだ。つい、一ヶ月前にもーー


 この感覚の名は……



「目島ぁ!!」


 そこで自分が呼ばれている事に気がつき、慌てて我に返る。


「ご、ごめん。何?」


 そう聞きなおすと、目の前の木下が再び言葉を繰り返す。


「お昼よ、お・ひ・るぅ!! どうするかって話」


 金髪を払って木下が僕を見る。


「適当に喫茶店でも入って休む?」


 冷百合がそう言って隣の毒ヶ杜さんを見る。


「う~ん。そうだね、桃園さんもそれでいい?」


 毒ヶ杜さんは目の前の委員長に話を降る。


「うん。私は全然いいよ。みんなに任せるよ」


 毒ヶ杜さんは落ち着いた様子で答えた委員長を見て、それから今度は僕を見た。


「目島君は?」


「僕もそれでいいよ……です」


 オッケーと話をまとめて、近くの喫茶店でお昼を取る事になった僕達は、各々服屋で買い物を済ませて店を出た。


***


「目島、ちょっと目島」


 用を済ましてトイレから出た僕は、後ろから静かに小声で誰かに声をかけられた。


「冷百合」


 見れば、女子トイレの扉に出来た僅かな隙間から周りを警戒する冷百合がそっと顔を覗かせて僕を見ていた。


「何?」


 すまして近づいていくと、冷百合にストップと促される。


「アンタと話してる所見られたら色々面倒だからそこで聞いて答えて」


「みんな席にいるし、トイレからは遠いから大丈夫だよ」


 僕がそう言うと冷百合は甘いと言って話を続ける。


「もしかしたら私もトイレ~って来るかも知れないでしょ」


「はぁ……」


 まぁ、確かに三人の内の誰に見られても面倒くさい事になるのは間違えないが、と言ってもここは喫茶店のトイレ。

 他の人だって使うだろうし、この距離感での会話は何かと目立つし、普通に邪魔だと思う。


「アンタ、委員長と付き合ってるの?」


 唐突に質問をぶつけてくる冷百合。


「だから、付き合ってないって」


「ふ~ん。じゃあ棘から手ぇ引いたとか?」


「一体何の話をしてんのさ」


「前にも言ったけど、棘の事を本気で好きな奴の事私分かるわけね?」


「……言ってたね。自分見てるみたいだって」


「そ。で、アンタもその私センサーに引っかかって、それで私達は今交換条件なわけじゃん?」


「……はい」


「結構、私アンタの事見てんのよ。アンタは全然気づいてないと思うけど。最近委員長と一緒にいる事多いよね? 昨日も一緒に登校してたみたいだし、今日は生意気にデートしてたみたいだし」


 生意気って。別にいいでしょう、それは。


「だから棘から手ぇ引いて、委員長と付き合い始めたのかなって思ったわけよ」


「なるほど」


「まぁ、私としてライバルが一人消えるから好都合だけど、そうなると交換条件が成立しないじゃない」


「そうだね」


「だから、その真相を聞きたいわけよ」


 真相も何も、何一つ変わらないんだけどな。


「さっきも言ったけど委員長とは付き合ってないよ。僕みたいなひょろひょろなもやしが彼氏じゃ委員長にも申し訳ないし」


「ふ~ん。そっか」


「うん。前と何も変わらず僕は毒ヶ杜さんが好きだよ」


 それを聞いた冷百合がニヤニヤ笑う。


「何?」


「好きって言ったね、自分から。……ふふっ、きもっ」


 目島のくせに生意気ぃ~と言って冷百合はトイレから飛び出した。


「ほら、行くよ。あまり長いと逆に怪しまれる。あっ、でも私が出た三十秒後に出て」


 僕の背中を思い切り叩いてそう言い残すと、冷百合は席に戻っていった。


「何なんだよ……もう」


 背中をさすって、そんな冷百合を見送った。


***


「あー買った買った。これで後は修学旅行を待つだけだわ~」


 木下のうっさい声が外に響き渡る。


 各々修学旅行の準備品を買い、色々周っていたら辺りはあっという間に日が暮れていた。

 全員が大荷物を両手に抱えて、帰路に着く。


「じゃあ、私達こっちだから。じゃあまた今度は修学旅行で会おう。じゃあね!」


 毒ヶ杜さんがそういうと木下と冷百合を引き連れて、夜道に消えていった。


 あっという間に二人きりになる僕と委員長。


「今日は楽しかったね」


 委員長がそうぽつりと言った。


「そうだね。まさか毒ヶ杜さん達と鉢合わせるとは思ってなかったけど」


 ははは確かにと委員長は笑って言う。


「あっ、そうだこれ」


 そう言って僕は自分の荷物に紛れ込んでいた委員長へのプレゼントを手渡した。


「ありがとう。凄く嬉しい。大事にするね」


 満面の笑みで言われて、僕も思わず照れる。

 何ていうか人にプレゼントを贈るのって何かいいな。


「私の目島くんへのプレゼントは……」


 言われて相槌を打つ。


「……まだ秘密! 修学旅行で渡すよ。へへっ」


 委員長の笑顔にほっこりして、楽しみに待ってると返事をした。


それからしばらく他愛もない話に華をを咲かせて、帰路に着く。

 学校の前を通り過ぎようとした時、思い出した。


「そうだ。学校に忘れ物したんだった」


 修学旅行のしおりを机の中に入れっぱなしにしてしまった事を思い出して、取りに戻ろうとする。

 委員長に言うとここで待ってるよと言ってくれたから、お言葉に甘えて急いで取りに戻る。


 全速力で走って校舎に向かう。

 時間的にも先生に見つかると怒られるかも知れない。

 とりあえず、急ごう。


 昇降口をすり抜け、階段を上って、教室に向かう。

 日も暮れて校舎内はすっかり暗く、不気味さが増す。

 自分の教室が見えて、息を切らせて歩いていく。


(ん?)


 教室から何か物音がする。


 思わず口を両手で塞いで、その場に立ち止まる。

 耳をすませてその物音を聞く。


「何……島君……きなの……」


 物音の正体は人の声だった。しかも女性。

 人数は一人で何やらぶつぶつ独り言を言っているようだ。


 机をいじっているのか、がさごそと音が邪魔して何を言っているのかよく聞こえない。

 しばらく黙って聞いていると、その声は次第に大きくなり、その言葉に心臓が飛び跳ねる恐怖心が生まれた。


「何……何で……目島君!!」


 心臓がドクンドクンと信じられない速さで鼓動し、苦しい。


 今、はっきり聞こえた。目島君って……


 この声……まさか……


 恐る恐る少しずつ四つんばいで進み、教室の後ろの扉まで来て、ゆっくりと教室の中を見た。


「!?」


 そこには先ほどまで一緒に買い物をしていた毒ヶ杜さんがあろうことか僕の机を物色して、僕の名前を叫んでいた。


(何これ何これ何これ……)


 あれが毒ヶ杜さん? 僕の想い人? 知らない。あんな毒ヶ杜さん僕は知らない。


 そこで僕の脳裏に電撃が走った。


「嘘……でしょ?」


 僕は全てを理解して、頭が真っ白になった。



 それは、今でも僕のカバンに眠っている。


 その言葉の意味を今、理解した。



 第一章 END


to be Continued……

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