人が恋に落ちるのは、万有引力のせいではない。ⅩⅣ

***


「えっお弁当箱あったの!?」


 新しい弁当箱を片手に陽気に僕に見せつけてきた母さんが口をぽかんと開けて言った。


「うん。何かカバンに入ってた」


 リビングで食卓についてりんごジュースを喉に流し込んで僕は母さんに言った。


「やっぱり直だったじゃないのよ~」


 せっかく買って来たおニューの弁当箱が必要なくなってショックだったのか、テンション下げ目に言って弁当箱を食卓に置いた。

 母さんにはカバンに入っていた事は話したが、中に見知らぬ弁当が詰め込まれていた事はあえて話していない。


「はぁ~このお弁当箱どうしよう」


 そう言って母さんはキッチンに入っていく。

 キッチンからは冷蔵庫を物色する音が聞こえる。


「ごめんね母さん」


 何となく申し訳なくなって、謝る。


「うん~大丈夫何かに使えるでしょう」


 何か言い訳しているみたいになるが、弁当がない事に気づいてからは本当にカバンの中には入ってなかった。

 これは本当に事実。

 そもそも新しい弁当箱を買ってくるはめになったのはどっかの誰かが弁当箱を勝手に持って行ったからだ。

 本当に迷惑な話だ。


「あっあと来週修学旅行だから」

「あーそんなプリントあったかも」

「うん。だから来週からはしばらく弁当いらないよ」


 キッチンからオッケー分かったと聞こえて冷蔵庫がばたんと閉まる音がすると再び母さんの声がする。


「ご飯、昨日の残りでいい?」


 僕の肯定の声がリビングに響いた。


***


 夕食と入浴を済ませて部屋に入った瞬間、僕の携帯から通知音が鳴った。

 見ればそれは、今日一緒に帰るついでに連絡先を聞いた委員長からだった。


「なんだろ」


 そうぼそっと呟いて僕はSNSのレインを開いた。


『こんばんは。早速連絡してみたよ~』


 それを見た僕は颯爽と返信をする。


『やほ~メッセありがとう』


 しかも可愛いうさちゃんのスタンプつきだ。


『可愛い……』


 惚れ惚れする猫のスタンプと一緒に送られてくる。


 ここはちょっと反応を見てみよう。


『委員長のも可愛い。てか委員長も可愛い』


 反応を見るためそう打ち込む。


「さぁ、どんな反応する?」


 部屋に一人の僕はにやにやしながら、返信を待つ。

 それからしばらくしてからこんな一文が送られてきた。


『もぅ! からかわないの! いじわるぅ』


 ぷんぷんと怒る猫のスタンプもその後にやってくる。


「……」


 僕はしばし画面を凝視して、


「いじわるぅって可愛すぎか!!」


 誰もいない部屋に誰に言うわけでもなく、突っ込む。

 つい、顔を赤面していじわるぅと言う委員長を妄想して、顔が熱くなる。


 自分の童貞臭さをひしひしと感じながら、再び返信。


『からかってないよ。委員長は自分の事地味地味言うけど、もっと自信持ったほうがいいよ』


 そう返信した直後、軽快なレイン内着信音が部屋中に鳴響き驚く。

 見れば相手は委員長。


「はい?」


「……目島君」


 やたら低い声で名前を呼ばれた。


「な、何?」


 恐る恐る聞くと、瞬間の沈黙の後、僕の鼓膜が破れる声がした。


「恥ずかしいでしょう!! 目島君のバカぁ!!」


 耳がきーんとして思わず携帯を耳から離した。


「鼓膜破れるよ……」


「だって、目島君本当に意地悪なんだもん。これは委員長として目島君へのおしおきなんだからね」


(なんだからねって委員長可愛すぎじゃね?)


「明日もう一回おしおきだからね」


(おしおきって響き何かよくね?)


「私もう寝るからじゃあまた明日ね」


(まだ九時じゃね? 委員長寝るの早くね?)


 言いたいこと言い終えた委員長はそのまま通話を切った。


 耳から携帯を離すとぼそっと独り言を呟いた。


「う~ん。でも委員長が可愛いのは本当なんだよな」


***


 今日も今日とて寝静まった彼の部屋に静かに降りた。

 眠る彼を見て身体が熱くなる。


「はぁ……はぁ……」


 抑えきれない感情をいつもの様にクローゼットにぶつけて、今日も彼の香りを摂取する。

 何度も何度も吸って吐いてを繰り返して、自分を満たす。

 そこである事を思い出す。

 夕方彼と一緒にいた女だ。


 まとめて抱き抱えた彼の服を離してクローゼットから離れると、つかつかと静かに彼の前に立った。


「あの子……誰なの?」


 小さく呟く。


 あの子の事好きなの?


 私とどっちが?


 もちろん私、だよね?


 私はこんなにもあなたが好きなんだから


 そうだ。あんな地味女より私の方が……


 ゆっくり静かにフローリングに膝をつくと、顔を彼の耳に近づけて、


「大好きだよ……」


 真っ暗な部屋で不気味に口角が上がった。

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