人が恋に落ちるのは、万有引力のせいではない。Ⅱ

 現在、授業と授業の間に挟まる小休憩。次の授業は科学だから理科室に移動が必要だ。最後にもう一度、遠くで友達と楽しそうに談笑して笑う毒ヶ杜さんを見て、教科書類を持って席を立った。


(やっぱり今日も可愛いな毒ヶ杜さん)


 再び頬を綻ばせて教室を出たところで、委員長が移動を促しているのが、聞こえた。



 一人でつかつかと理科室まで移動してもう一歩で到着の所で、課題のプリントがあることを思い出して立ち止まる。

 時間を見れば、急げば間に合う半端な時間。


(どうしよう。取りに戻るか。……あのプリント絶対使うよな)


 急いで取りに戻る事に決めて、来た道を引き返す。

 幸い、教室から理科室まではさほど遠くない。階段を上り下りすればすぐ着く。


 階段を下りて、教室が目の前に差し掛かり、教室に飛び込むように入っていったその時、その入り口から出てきた誰かとぶつかった。

 ひょろひょろの僕は、簡単に吹っ飛ばされて、廊下に尻餅をついた。


「いてててて……」


 閉じた目を開けてぶつかった相手を確認する。


「!?」


 一気に心臓が跳ね上がり、動悸が激しくなる。


「ど、毒ヶ杜さん」


 自分の目の前に平気そうに立ってこっちを見ている毒ヶ杜さんと目が合ってテンぱる。


「あ、あの……えと、ぶつかっちゃってごめん……なさい。怪我とかしてないですか?」


 心臓の音が聞こえているんじゃないかというくらいバクバク言っているのと、こんな不甲斐ない自分を見られている事に恥ずかしくなって、気が動転して、敬語になる。


 数秒の沈黙の後、毒ヶ杜さんはくすっと笑って、尻餅をつく僕に手を差し伸べて言った。


「ふふっ。怪我はしてないよ。目島めじま君は怪我してない?」


 そう言われて秒で答えた。


「し、してないです」


 正直、すっごく尻が痛かったけど、今はそんな事どうでもいい。


「そっか。よかった。……ふふふ」


 最後の笑いが気になって、口を開いた。


「な、何ですか?」


「私達クラスメイトなのに何で、敬語なのかな~って思って」


 言われてカッと顔が真っ赤になる感覚に襲われて一気に火照る。


「顔真っ赤、かわいっ」


 完全にからかわれたけど、相手が毒ヶ杜さんなので、むしろありがたい。というか嬉しい。


「立てる?」


 ずっと差し伸べてくれていた手を握って、立ち上がると尻の埃を払う。


「ありがとう……ございます」


「また敬語」


「……すいません」


「ははは。いいよ謝んないで無理しなくていいし。でもせっかく同じクラスになったんだから、これから仲良くしようね」


(何ていい子なんだぁ!! 流石、毒ヶ杜さん。やっぱり毒ヶ杜さんは最高だぜ)


 毒ヶ杜さんがそう言って教室の時計を見ると、慌てた様子で声を荒げた。


「あっ、次の授業まで時間あと少し。私、先行くね。目島くんも急ぎなよ?」


 そう言って毒ヶ杜さんは、思い切り廊下を走って、理科室に駆けて行った。


 毒ヶ杜さんの後ろ姿を見送って、今起きた事が夢か現実が分からなくなり、放心状態になっていると、自分も時間ギリギリなのを思い出して、慌ててカバンからプリントを引っ張り出して、急いで理科室に走り出した。

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