第7話 [エルク]旅人

「エルク様!村に旅人が来ました!」


パラスが部屋に駆け込んでくる。


「旅人?ふむ、会ってみるかな」


セリアがエルクから体を離し、エルクが立ち上がる。


「・・・まだ寝てたから暇で外出てたのは僕だけどさあ・・・セリアばっかりエルク様に甘えてない?」


半眼で不満そうにするパラス。


「済まないな、また今晩、な」


エルクはパラスの頭を撫でてやる。


「うん」


パラスがこくり、と頷く。


外に出て、旅人と面会する。

フードをとった顔は、かなりの美女のようだ。


「初めまして。私はアレクシア。旅をして見聞を広めています。魔族領に近いこの村なら珍しい物があるかと考え、訪ねました」


エルクは思案する。

ここは既に人間の国ではない。

ちゃんと周知し、来れないようにすべきではないだろうか。

勿論、人間の国から脱出して来た、という難民であれば歓迎しても良いと思うのだが。


「俺の名はエルク、この村の守護をしている、魔族だ。アレクシア殿、実はこの村は既に人間の統治下にない。何か聞きたい事があれば案内するのは構わないが、その点は承知願いたい。可能なら、それは人間の間でも周知して欲しい。難民であれば受け入れるし、排除する勢力があるなら、これには抵抗させて貰う。だが、物見遊山の冒険者を受け入れるのは、微妙な所なのだ。間者として活動されても困るし、流石に国民以外の安全は保証出来ない」


「魔族・・・本当ですか!なら是非私も貴方の国の民にして下さい。魔界は是非行ってみたい場所なのです!」


「そうお勧めはできないがな・・・聖界の方が圧倒的に広いし、珍しい物も多いと思うぞ。首都ミーミルならともかく、我が国は物資もないし、生活に余裕もない。もっとも、首都ミーミルに人間なんかが行けば、一瞬で捉えられて眷属になり、霊廟に押し込まれると思うが」


「やっぱり、魔界に行くなら貴方の国、ファーイーストに入るしかないのですね!」


エルクは違和感を覚える。


「待て、俺は自国の名を教えていないぞ。何故知っている」


「調べました!私は、知識を得るのが生き甲斐なのです!各地の書物を読み漁っています!魔界の都市で現存する物は、ミーミルとファーイーストのみ、でミーミルでないなら、ファーイーストです!」


まさか人間界に都市名が出回っているとは。

セリア達は知らなかったので、恐らくアレクシアが異常に博識なのだろう。


「かと言って・・・見物が終わったらまた人間界に、と言うのも困るのだ。聖戦が始まれば、聖界と魔界は激しい戦いが始まるからな。情報を漏らされると困る」


「なら、貴方の眷属になります!吸血鬼なら、眷属を作れるでしょう!そうなれば反抗できないのは分かっておられるはずです!」


エルクは驚く。

まさか相手から提案されるとは思っていなかったからだ。

このアレクシアという女性は、身を対価に差し出す程の願いは持っていないと踏んでいた。

その為、眷属とするのは諦めていたのだ。


このアレクシアの知識は危険だ、それが自分の眷属となるのなら、安心できるし、力にもなる。

悪い話ではない。


「それは・・・俺にはメリットが非常に大きい契約だ。勿論こちらとしては異存は無いが・・・だが、貴方の知識欲を満たすだけの物は提供できないと思う。それでも構わないのだろうか?」


「勿論です!」


ぐいぐい来る。


「後は、他に説明しておく事は・・・眷属となるにあたって、貴方の自由意志は奪わない。貴方の自由意志で、俺に仕えて欲しい」


「なるほど・・・本来抵抗を抑える力と抵抗力を、眷属自身の力として利用させようという考え方ですね。理論上は非常に強力だ・・・なるほどなるほど」


うんうん、と頷くアレクシア。

理解の早さにびっくりするエルク。

エルクでもこの理論を見つけ出すのに長年の年月を必要としたし、リアに説明した際にはかなり変な顔されたのに。


「後は、我が国では眷属に対し、婚姻者と同じ立場を与える」


「分かりました、旦那様!」


アレクシアがにっこり微笑む。

やはり可愛いな、とエルクは感じた。


「ふむ・・・では貴方がいいのなら、契約を交わそう。我が眷属となれば、我が国での自由な行動は保証しよう」


「はい・・・私、アレクシアは、エルク様にこの身、私の全てを捧げます。望む対価は、私の知識の探求、ファーイーストにおける自由な行動です」


「認めよう、アレクシア、汝を我が眷属とする」


エルクがアレクシアの首筋に牙を立てる。


何時も通りの感覚、重厚な味だ。

これは・・・幾億、幾兆もの知識・・・本が、時計が、幻視される。

非常に、美味い。


流石に最近は慣れてきた。

まだアレクシアに余裕がある間に、牙を離す。


「凄く上手に、吸いますね。吸われたのは初めてですが、凄く楽でした」


「非常に美味かった。また頼むぞ」


「勿論、貴方様の御心のままに」


アレクシアがにっこり微笑む。


どんっ


背中からパラスがぶつかる。


「今日のメインは私、だって、さっき約束したあ!」


「あら、私もちゃんと可愛がって下さるのでしょう?」


セリアも腕を絡めてくる。


「やれやれ・・・勿論序列は守るつもりではあるが・・・初日くらいちゃんと相手して欲しいものだね」


アレクシアがちょっと不満げに漏らした。

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