第2話 [エルク]旅立ち

「お兄様、お兄様、起きて下さい」


吸血鬼の王、エルクは、妹、リアの声で目が覚める。

目を開けると、妹が上に乗って、揺すっている。

妹が、可愛らしく笑みを浮かべ、こちらを見る。


「おはよう、リア。ありがとう」


エルクは起こしてくれたお礼を言うと、にっこり笑って、ベッドを降りた。

リアは、金髪に、吸血鬼らしい真紅で、しかし吸血鬼らしからぬ優しい目つきだ。


「お兄様、今日は」


妹が促す。

今日は、旅立ちの日、計画を実行に移す日だ。


「大丈夫、覚えているよ」


人間の領域に行き、眷属を探す。

しかも、自由意志を完全に残したまま、忠誠を誓わせる・・・盲信であればあるだけ良い。

生まれつき特異な美貌があればまた別であろうが、エルクには簡単ではない。

とにかく救ってやり、恩を着せ、惚れさせる・・・そんな計画だ。


眷属の力は、元の力+魔の力-抵抗力、で決まる。

つまり、抵抗力、反抗の意思が小さければ小さい程高くなる。

また、自身に対する忠誠、取り分け恋愛感情が強ければ強い程、眷属になった際の魔の力は高まる。

恋愛させて眷属にする。

これを愛奴レイドと名付けた。


エルクは、強い方ではない。魔力ゼロ、先天的に、体内に魔力を蓄積することが出来ない体質なのだ。この致命的な体質は、永い我が家系でも類を見ない欠点だ。だが、武術はそれなりに鍛えているので、人間の領域ではまず敵はいないだろう。騎士連中や高レベル冒険者とは、敵対する行動はとる予定がないし。尚、全く魔法が使えない訳ではない。魔力結晶を使ったり、大気のマナを直接利用したり、他者から魔力を貰ったり。そういった物で行使は可能だ。大気のマナを利用する場合は発動速度が致命的に遅くなる為、戦闘には向かない。


「お兄様ならきっと成し遂げますわ。国の防衛はお任せ下さい。眷属・・・御義姉様方を受け入れる準備をしておきます」


「有り難う、リア」


聖戦までの期限は1年程。

エルクは確認している。

リアなら、それまでこの国を護ってくれるだろう。

リアは強い。

歴代の吸血鬼の中でも最強だと思っている。

絶大な魔力、絶大な魔法構成力、体術もエルクでは全く敵わない。

リアが王の座に着いていないのは、自分は兄を補佐する存在、と決めているからだ。


「さあ、お着替えを済ませて下さい。食事の用意は済んでおります。ジャンヌも待っていますよ」


ジャンヌ。10年程前からこの国にいる食客だ。

行き倒れていたのをエルクが拾ったのだ。

女性なのだが、エルクが血を吸っても吸血鬼化しない特殊体質をしている為、眷属にはしていない。

とは言え、エルクとリアの大切な友人だ。


エルクは着替えを済ませると、リアとジャンヌが待つ食卓に着く。


「おはよう、エルク。今日は旅立ちだね」


「うむ。済まないが少し国を空ける。ジャンヌも、リアと一緒にこの国を守ってくれ」


「勿論、分かっているよ。任せてくれ」


ジャンヌも、それなりに腕が立つ。

正直エルクは自分が国で一番弱いのではないかと考えている。


食事を終え、エルクが旅立とうとすると、部下が呼び止める。


「エルク様、すみません。お手を煩わせてしまいますが、貯水湖への貯水、御願い出来ないでしょうか?」


日照りが続いたため、水が干上がり気味なのだ。


「ああ、構わないよ。ジャンヌ、リア、手伝ってくれ」


「分かりました」


「了解だよ」


貯水湖に行くと、ジャンヌとリアがエルクに魔力を渡す。

渡された魔力を、エルクが編む。魔力が水に姿を変えていき、貯水湖を満たしていく。


「流石ですお兄様」


「相変わらず凄いね、エルク」


エルクは魔力ゼロ、ではあるが、才能がない訳ではない。

魔法の知識と、魔力操作技術は、規格外なのだ。

ここまで綺麗な飲料水を、この速度で作り出すのは、常識外れだ。

そんな事が誰でも出来てしまえば、食糧事情は一変し、世界が一変するだろう。


「さて、じゃあ行ってくるよ。なるべく早く帰ってくる」


エルクはジャンヌとリアにキスをすると、聖界、人間の住まう地へ出発した。

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