22日目

昼過ぎ。

食事後、

スズと木陰で日向ぼっこをしていたら、

桐島が来た。

桐島が言うには、

研究成果はないらしい。

私が吹いたホイッスルの音波も、

桐島が吹いたホイッスルの音波も、

その他の誰かが吹いたホイッスルの音波も、

差はないらしい。

それは、

息の吹き出し方や、

肺活量によっての小さな差はあるものの、

誰が吹いても同じという結論に至ったそうだ。

ということは、

あの時は偶然天使が止まったか、

それとも、

何か別の要因があるのか。

まあ、

どうせ専門のチームが調べている。

私が口を出すようなことではないのだろう。

私はただホイッスルを吹くだけの役目。

それ以外の用はないだろう。

うーん。

必要性が皆無だとばれたら、

抹殺されてしまうかもしれない。

桐島にはその気はなさそうだが、

他の連中はどうだか分からない。

実際、

こんなホイッスルひとつに、

何十人もの戦力と研究員が、

投入されている。

この期に及んで、

何の価値もないただの笛でした。

では済まされないのだろう。

それこそ、

私の知ったことではないのだが。

私は桐島に、

あれはそもそも聖律教会のものなのだから、

聖律教会に尋ねてみればいい、

と言ってみた。

だが、

返ってきた答えは、

「ミコトと聖律教会は互いに不干渉。敵にもならなければ味方にもならない存在だ。分からないことを訊いたって、いちいち教えてくれはしない」

とのこと。

そんなことは分からないだろう、と、

私が言うと、

「そうですよ。もしかしたら教える気になるかもしれないじゃないですか」

という声が木の上から降ってきた。

私と桐島が木の上を見ると、

枝にアルセが座っていた。

「たとえばあのホイッスルの正式名称とか」

アルセはそう言って、

足をブラブラさせている。

「貴様、どこから侵入した!」

桐島はアルセに銃を向けた。

だが、

止めた方がいい、

どうせ敵わない。

私はそう言って、

桐島に銃を下ろすことを勧めた。

「そうですよ。そんなもので私が殺せないことは、アナタには充分に分かっているはずです。アナタの拠点が襲われた日、戦っている私を見たでしょう?」

アルセがそう言うと、

桐島は歯軋りをした。

冷や汗が桐島の顔から零れた。

桐島は銃を下ろす。

「くっ……なら、質問に答えるんだな!?」

桐島はそう言ってアルセを見た。

「高圧的ですねぇ。そんな態度では私の口だって堅くなってしまいますよ?」

アルセは馬鹿にするように笑いながらそう言った。

そのアルセに、

何故、

私にこだわる?

そう尋ねてみた。

アルセの笑い声がピタリと止まった。

そして、

しばらくの間があって、

返ってきた答えは、

あまりにも意外な答え。

「迷惑ですか……?」

アルセは顔を伏せて、

寂しそうに、

そう言った。

そうではなくて、

事あるごとに、

私を助けてくれる理由が知りたい。

私など助けても、

何の意味もないだろう。

アルセにしてみたら、

私など、

有象無象のひとり。

助ける価値もないだろう。

「迷惑ではないのですね?」

もちろん。

「それなら良かった」

そう言ってアルセは微笑んだ。

助けてくれる理由は教えてくれないのか?

と尋ねたら、

「内緒です」

と微笑みながら言われてしまった。

内緒じゃ仕方ない。

私はそれ以上追及するのを止めた。

「おい」

会話が途切れたところに桐島が入ってきた。

「なら、あの笛がどうして効果を発揮しないのか教えろ」

桐島はアルセにそう言った。

「その言葉遣いはどうにかなりませんか? 私は敵ではないのですよ?」

「他人の施設に勝手に侵入してきて何を言っている。つまみ出されないだけありがたいと思え」

「つまみ出せるものなら、つまみ出してみたらいいんじゃないですか?」

アルセはそう言って鼻で笑った。

桐島は眉間にしわを寄せている。

「……何故、あの笛は効果を発揮しない?」

桐島の声は幾分か丁寧になったが、

それでも言葉遣いは変わっていない。

「それは……」

アルセは木の枝から飛び降りて、

木陰に座っていた私の正面に来て、

私に自分の顔を近づけた。

「ナナさんが吹いていないからです」

そう言って、

アルセは右手の指をピーンと立てて、

私の唇に指を当てた。

私を一直線に見つめる、

アルセの目は、

少し潤んでいる。

「どういう意味だ? 何故ナナが吹くのと他の人間が吹くのでは効果が違う?」

桐島の声が聞こえた。

私はアルセから目が離せない。

アルセも私を見つめている。

「ナナさんが特別だから」

アルセは私を見つめながらそう答えた。

「ナナが吹けば効果が得られるんだな?」

桐島が尋ねる。

「はい。ナナさんなら笛を使えます。他の人がいくら吹いたって無駄です」

アルセはそう言って、

更に私に顔を近づけた。

目の前にアルセの顔がある。

アルセは、

かなりの美人だ。

私の見る限り、

ハーフかクオーターなのではないだろうか。

純血の日本人ではなさそうだ。

アルセが更に私に顔を近づけ、

唇と唇が触れそうになった時、

私は横から引っ張られた。

引っ張られた方を見ると、

スズが私を見つめていた。

アルセはスズを、

スズはアルセを睨む。

両者の間に火花が散ったように見えた。

「……では、今日は退散しましょう」

そう言ってアルセは木に飛び乗って、

「また会う日まで、みなさんご機嫌よう」

アルセはそう言ってどこかに去って行った。

その後、

桐島は上司だか誰かに報告に行ったようだ。

私は、

木陰でスズと、

のんびり日向ぼっこをしていた。

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