19日目

今日は、

スズが何故、

『鳳玉』の仲間なのか、

充分に理解した。

昼にホテルを出て、

自宅アパートに戻った。

そこには誰もいなかった。

部屋も綺麗なままで、

誰かに入られたような様子はない。

自宅に戻る前に、

スズの洋服を買ってきたので、

色々洋服を着替えさせてみた。

どうやらスズは、

フリルのついたひらひらの洋服が、

好みのようだ。

私も金はないのだが、

まあ非常食と一緒に入っていた金で、

とりあえず払っておいた。

これは、

返さないと拙いのだろうか?

しかし、

返すにしても誰に?

この車に乗ろうとしていた『ミコト』の兵は、

もう死んでしまった。

『ミコト』に返せばいいのか?

まあ、

それは後で考えよう。

というか、

今使っている車も『ミコト』のものだ。

『ミコト』に盗難車として、

被害届を出されたら、

かなり拙いことになる。

何せ、

後ろのジュラルミンケースには、

銃が入っているし、

私は今は免許を持っていない。

無免許運転と銃刀法違反と窃盗罪か?

……ふむ。

今になって思いついたのだが、

警察に行くという選択肢もあったか。

というか、

これが一番まっとうな選択なのではないか?

色々と面倒なことになるが、

それでも、

今以上に面倒なことにはならないだろう。

警察に行くことも考慮しなければなるまい。

まあ、

今はまだいい。

アパートでしばらくお茶を啜っていたら、

スズが裾を引っ張った。

相変わらず何も喋ろうとしないが、

ここ数日見ていると、

別に自己表現や意思表示を、

したくないわけではないことが分かった。

スズはただコミュニケーションの手段として、

会話がないだけの女の子であり、

自分で考え行動できる、

普通の女の子だ。

喋らないのでスズを見ていたら、

スズは外を指している。

外に行きたいのか尋ねたら、

頷いた。

というわけで、

車に乗って出かけた。

スズの指差す方に向かうと、

山の方へ、

というか、

山の中へやってきた。

山の中を走っていると、

スズは突然、

上の方を指差した。

そこには……。

天使が。

天使がいた。

私は引き返そうとしたが、

スズは天使を指差し、

追うように私に命じる。

拒否したら車を降りて追って行きそうな勢いだったので、

仕方なく車で追うが、

天使は車で追えない場所へ飛んで行ってしまった。

スズが車を降りて追って行ってしまったので、

私は車から銃を……。

銃を手に取ろうとして止めた。

私は銃を持てない。

私が撃っても当たらないだろうが、

それでも、

私は銃を持てない。

これはダメだ。

私は銃を拒絶している。

天使を追うのに武器はないが、

それでも、

スズを放っておくわけにはいかない。

とにかく、

見つからなければ大丈夫。

そう思い込むことにした。

私はスズを恐る恐る追った。

3分ほど歩いたら。

衝撃音!

何かと何かがぶつかる音。

近い場所で発生した音だ。

私は音に近づき、

木の陰に隠れて、

音のした場所を見た。

そこには、

天使とスズがいた。

ぼろぼろの天使と、

涼しい顔をしたスズ。

というより、

ほぼ無表情だ。

私と一緒にいる時は、

それなりに笑顔も見せるが、

天使に向かうスズは、

無表情で天使を見ていた。

天使はスズに向かって、

全力で槍を投げた。

その勢いは鉄板でも貫く勢いだ。

その槍を、

スズは受け止めた。

そして、

その持った槍の柄を、

握り潰した。

次に、

天使に向かって跳躍した。

凄まじいスピードで、

天使は上空に逃げる余裕もなかった。

スズは天使の頭を掴んで、

その勢いのままに、

天使の頭を木に叩きつけた。

天使の頭が砕け、

木の幹が真っ二つに折れた。

スズは頭の砕けた天使の身体を、

引きちぎっている。

腕を、

脚を、

羽を、

身体から引きちぎっている。

まるで、

虫を引きちぎって遊ぶ、

子供のようだった。

私が恐る恐る近づくと、

スズは私を見つけ、

近づいてきた。

スズは私の前で止まると、

私に自分の頭を差し出すように、

近づけた。

私は咄嗟に、

スズの頭を撫でた。

というか、

それ以外の反応の仕方が、

思いつかなかった。

スズは頭を撫でられ、

嬉しそうにその顔に笑みを湛えていた。

そうか……。

この子は。

こうして生きてきたんだ。

天使を殺す。

それが『鳳玉』から、

この子に与えられた使命。

生きる目標。

生きる目的。

私は、

スズを見て複雑な気分になった。

今私の前で微笑んでいる、

この子の手は、

私の身体を簡単に引きちぎれる。

か細くて、

か弱くて、

きめ細かい肌の、

白くて美しい、

悪魔の手。

私はスズを抱きしめて、

頭を撫でた。

怖い。

この子が怖い。

だが、

それと同じくらい。

いやそれ以上に。

この子が愛おしい。

大人から与えられた、

非道徳的な運命。

それを忠実にこなし、

私に誉めてほしいだけのために、

天使を殺したスズ。

スズは、

とても可愛い。

私はスズを連れて、

帰ることにした。

天使はいつの間にか、

消滅していた。

スズは、

『鳳玉』の、

強化人間だった。

だが、

そんなことはどうでもいいことだ。

スズは、

可愛い。

それだけで充分だ。

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