戯文集

ミラ

「小説」自動販売機



 その朝、不可解な夢から目覚めた俺は、自分の身体が自動販売機になっていることに気がついた。

「あー、またこのパターンか」俺は呟いた。「今時こんな在り来たりなカフカのパロディを書いて恥ずかしくないのかね、作者は」

 とにかく、始まってしまったものは仕方がない。なるべく早くこの陳腐な小説を終わらせるべく、俺は語りを続けることにした。

 俺が目覚めた場所は自分の部屋ではなかった。どこかはわからないが、いかにも自動販売機がありそうな場所だ。

 それ以上の説明はまた後ですることにしよう。何故かというと、まだ考えてないからだ。とにかく俺の部屋ではないどこか、自動販売機が自動販売機として存在していることが不自然ではないような場所で俺は目覚めたのだ。

「さて、どうしようか」俺は早くも途方に暮れていた。よりにもよって自動販売機などに『変身』したところで、そこからどのような物語が可能だというのだ。

 とりあえず自動販売機を主題にすることによって表現出来る文学的テーマとは何かを考えてみるか。

 うーん。

 コミュニケーションの不在とか?

 ありがちだなあ。

 まあ、別にありがちでもいいか。

 そういえば、インターネットで買い物することも、自動販売機で物を買うのと似たようなものだよな。人と人との触れあいがない。

 そうか、つまり。

 ネットは一種の自動販売機である。

 結論が出てしまった。

 あ、いや、でも宅配のお兄さんとは触れあいがあるか。

 うーむ、振り出しに戻ってしまった。

 文学にとって自動販売機とは何か?

 これは意外に難しい問題であることがわかった。

 このことを収穫として、この小説を終えたいと思う。

 では、読者のあなたにさようなら。(完)

 

「え、これで終わりかよ。何だよ金返せ!」

 男は怒りにまかせて小説自動販売機をがんがん叩いた。

「いてっ。いてててて……」

「ん。今何か声が聞こえたな。あ、さてはこの自動販売機の中に誰か入ってるのか。やい、こら出てこい。こんな詰まらないもの読ませやがって。こんなのまともな小説とは言えないだろ。畜生、俺はちゃんとした小説が読みたかったんだよ。馬鹿野郎、百円返せ」

 男は激しく小説自動販売機を叩き続けた。

 そしてその間ずっと、自動販売機からは苦しげな呻き声が漏れ続けていた。

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