好々爺

 広域農道南側現場の証拠調査からは自動車メーカーだけではなく大手の不動産会社や国の特殊法人など怱々たる名前が上がっていた。長嶋と遠鐘が分担してそれぞれの排出元から始まる廃棄ルートを特定した。その結果大半が池袋や新宿の高層ビルのオフィスゴミであることが判明した。廃棄ルートはビル管理会社が扱う日常のゴミと物流会社が扱うオフィス移転時のゴミの二ルートに分かれていた。物流会社ルートは複数あって調査に手間取った。ビル管理会社ルートはすべて板橋区の収集運搬会社山代商店に持ち込まれていたことが判明した。山代商店はオフィス系を中心に手広くビルのごみを収集している都内でも有数の産廃・一廃兼業の業者だった。

 「さっそくお伺いいたします」山代商店の山代社長は呼び出すまでもなく自分から電話口で申し出た。

 事務所に出頭してきた山代社長は頭の禿げ上がった色白の好々爺で、その人柄を武器に仕事を取っているようだった。山代は世田谷区の収集運搬業者くるみ興業の新津社長を伴っていた。新津はチンピラからの叩き上げ風の小柄な色黒の男で、呼ばれもしないのに付き合わされたのが不満なのか仏頂面をしていた。

 「ほんとうにこの度は申し訳ないことでございまして」山代は禿げ上がった額の汗を拭き拭き弁明を始めた。「当社のお客様のものに間違いはございません。当社がくるみ興業さんにお願いしたものが間違って出てしまったようでございまして。そんなわけでございますから今回は私どもの共同責任ということで対応させていただきたいと思うのです」山代は深々と頭を下げた。山代とは対照的に愚直な新津は山代の慇懃な態度を呆れ顔で眺めていた。

 「引越しのゴミは難しいですね。紙くずが混ざってしまうと産廃か一廃かわからなくなってしまいますね」長嶋と遠鐘の指導に同席した伊刈が言った。

 「おっしゃるとおりでして」

 「山代商店さんは両方許可があるとして新津さんのくるみ興業は産廃だけですね」

 新津がなにか言いたげに頭をもたげるのを山代が押しとどめた。「今度の調査でずいぶん取引先から仕事を切られてしまいました。今までがんばって仕事を取ってきたのにこのままでは会社が潰れるかもしれません。新津さんにしても一代でここまで会社を大きくされたんです」人当たりのよい山代の泣き言は恨み節には聞こえなかった。しかし、いかにも人徳者という印象がかえってひっかかった。婉曲な表現ながら山代の言葉尻で罪が自分になすりつけられているのを感じた新津は終始不満顔だった。

 「くるみ興業の先のルートはわかったんですか」遠鐘が尋ねた。

 「どうなんですか新津さん」

 「それがはっきりしないんです」新津の歯切れは悪かった。

 「私に説明してくれたことを正直に話してください」山代が新津を促した。

 「大杉という名前の運転者に渡したものがありまして」新津は渋々重い口を開いた。あらかじめ口裏を合わせてきた様子が伺えた。

 「大杉ですか?」遠鐘のみならず一同耳を疑った。あきるの環境システムに営業に来たネズミ男の大杉と同一人物なのか。だとしたらとんでもない当たりくじだ。

 「無許可のダンプ運転手ですか?」遠鐘が冷静に聞き返した。

 「そうなんです。ついうっかり頼んでしまいまして」

 「それが不法投棄されたということですか」

 「ほかに考えられないものですから」

 「流しのダンプだとマニフェストも作っていないですか」

 「すいません。ありません」

 「大杉という名前だけですか。社名は言っていましたか」

 「ただ大杉とだけ」

 「連絡先とかは」

 「わかりません」

 「領収書は」

 「もらったんですが住所も電話番号も嘘でした」

 「そうですか」遠鐘はいっきに聞きたいことを聞いてしまうと一息ついた。

 「あの私どもはどのようにすればよろしいでしょうか」山代が恐る恐るという口調で伊刈を見た。

 「調査が終わったら連絡しますよ。たぶん撤去してもらうことになると思います」

 「撤去はもちろんさせていただきます。それであの許可のほうは大丈夫でしょうか」山代が不安そうに聞き返した。

 「都の許可ですからね。通報するかどうかは調査が終わってから考えます」

 「なにとぞ穏便にお願いをいたします」山代は神妙に頭を下げた。新津は謝罪の言葉を口にせずに仏頂面のままで立ち上がった。印象が真反対な二人だった。どっちが正直かといえばむしろ愛想のない新津のほうかなと伊刈は感じていた。

 「ネズミ男の大杉が山代・くるみルートにも介在してたってことですよね」二人を見送ると遠鐘がしたり顔に言った。

 「それはまだわからないな。あきるの環境システムの場合は代金も振り込みだったし、根津商会の連絡先も嘘じゃなかっただろう。くるみ興業の場合はキャッシュだったし大杉の連絡先は嘘だった。手口にかなり違いがあるよ」伊刈が発言した。

 「それでも二人の大杉が同一人物の可能性は高いんじゃないですか」長嶋が言った。

 「違う人間が同じ大杉という偽名を使った可能性だってありますよ」伊刈は慎重だった。

 「裏の組織は同じってことじゃないんですか」遠鐘が伊刈と長嶋の顔を見比べるように言った。

 「そうなのかもしれないな」調べれば調べるほど不法投棄の闇が深くなっていくのを伊刈は感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る