偽装検査

 チーム全員で新潟の大和環境に向かうため首都高を抜け関越道を北上した。早めの昼食のためにわざわざ前橋インターで降りて伊刈が誰かから名物だと聞いてきたソースカツ丼弁当を仕込んだ。冷めてもやわらかいチキンカツにたっぷりとウスターソースをかけたお弁当は前橋では知らない人がいないくらい有名だった。

 大和環境の本社には午後一番に到着した。玄関先で小堂営業部長が今か遅しと待っていた。新潟県庁の加賀も既に到着していた。立ち会って欲しくないと心配していた大藪の姿はなかった。本社には三階建ての社屋のほか一般廃棄物の処理施設が付帯していた。ここが創業時からの拠点だったのだろうと思われた。産廃の施設は次々と買い増したらしく市内の各所に点在していた。

 挨拶もそこそこに伊刈たちは施設の調査にでかけた。最初に案内されたのは本社裏の丘にあるツインサイクロンの古いバッチ炉だった。炉体が真っ赤に錆び溶接部から煙が漏れ灰も汚かった。周囲には燃やしきれなかった木くずが積まれたまま風化して半ば土に帰っていた。次に案内されたのは丘の中腹を削った安定型最終処分場だった。ほぼ満杯状態で覆土もなくゴミが散乱していた。ど真ん中に大型のトロンメル(回転式スクリーン選別機)が設置されており、ここで選別した産廃を他所に出している様子だった。新潟県庁の加賀は最終処分場で中間処理を行うという大胆な違法状態を目の当たりにして苦笑していた。施設の検査は視察程度にして本社の会議室に陣取り、主眼の帳簿検査が始まった。

 「大藪が提出した領収書が元帳に載っているか確かめてください」

 大藪は流しのダンプにサンプルを二台出したと説明していた。伊刈の指示で喜多が確認すると、二台分がちゃんと総勘定元帳に載っており原本も領収書綴りに綴じられていた。

 「ありました。金額も台数も日付も同じです」

 「なるほどやってくれるなあ」喜多の報告を聞いた伊刈は唇をかんだ。「あとはレーベルとの取引だな」

 「それも調べてみます」

 売掛帳と買掛帳を喜多が調べるとレーベルからの受託が年間二億円確認された。それ以上に興味深かったのはビーエムという子会社への委託が外注費のかなりの部分を占めていることだった。

 「関連会社との取引が多いみたいです」喜多はすぐ伊刈に相談した。

 「よく気が付いた。単価も不自然に高いし、たぶん利益の付け替えだ。節税のためかもしれないし不法投棄の偽装のためかもしれない。もうちょっと調べてみて。資金の融通もあるかもしれない。ビーエムの決算書があればいんだけどな」

 伊刈が小堂に確認するとビーエムの決算書もあっさり出してきた。経理はしっかりしている会社だと内心思った。

 「これがビーエムの決算書だよ。やっぱり関連会社だってよ」伊刈は喜多の前に書類の束をポンとおいた。

 「これさえあれば簡単です」喜多はビーエムとの取引を徹底的に洗い始めた。今や帳簿検査のエキスパートだった。

 長嶋と遠鐘も伊刈の指示を待たずに書類の検査を進めていた。伊刈自身は帳簿組織がどうなっているか、検査に使える書類がほかにないか、執拗に経理部長や事業部長を問いつめた。

 三時間ほどで各自の持ち場の検査結果が出た。伊刈は小堂に退室を命じ、廃棄物の流れとお金の流れを全員で照合した。

 「ビーエムのへの委託料がかなりの額になっているね」伊刈が喜多を見た。

 「ビーエムをトンネルして不法投棄してる可能性もあります」喜多が自信ありげに応えた。

 「マニフェストの方からはオーバーフローを確認できたかな」伊刈は遠鐘に尋ねた。

 「著しい過大受注はないようです。ただし焼却系の廃棄物は在庫がもっとあるはずなのに現場には見当たりませんでした。灰出しもあまりしていないし焼却炉の稼働率は低いんじゃないかと思います」

 「それをビーエムにトンネルしたってことかな」

 「そうかもしれません」

 「だとしたら相手が関連会社でも再委託違反だね。最終処分場はどうかな」伊刈は長嶋を見た。

 「最終処分はかなりの受注量がありますね。レーベルからのマニフェストだけでもかなりの量です。どう見ても容量が足りませんね」

 「空伝ってことか。レーベルからは実際には来てないんだろう。思ったよりもひどい会社だ」

 「どうされるんですか」検査の様子を無言で聞いていた新潟県の加賀が伊刈を見た。

 「煮るなり焼くなり新潟県庁にお任せしますよ。どっちみちうちでは大和環境の許可は取消せません」

 「それならそうせざるをえませんね」加賀は深く頷いた。

 検査結果のとりまとめを終えた伊刈は笹木社長を会議室に招きいれた。

 「社長室でお話したいんですが」

 「伊刈さんお一人ですか」

 「喜多さんも来て」

 三人だけで社長室に移動した。小さいが贅沢な調度がそろった重厚な印象の社長室だった。伊刈が神棚に手を合わて一礼すると喜多も礼拝の真似事をした。

 「時間がないですから手短に済ませます。関連会社を経由した転がしがありますね」レザーのソファに座った伊刈は単刀直入に切り出した。

 「どういうことでしょうか」

 「ビーエムに委託した収集運搬がさらに再委託されているようです」

 「なにかの間違いじゃ」

 「ビーエムの帳簿も拝見しましたから間違いないです。ビーエムから先の業者に問題がありそうですね」

 「それが転がしだと」

 「老婆心からの指摘です。犬咬市としては現場の撤去が終わりましたので、これで一件落着にする方針に変わりはありません」

 「ありがとうございます」

 「これから全員の前で講評して検査は終わりです」

 会議室に戻った伊刈は講評を始めた。「検査の結果、受注量と処理量がバランスしていることを確認しました。処理能力と受注量の比率は百十五パーセント、受注量と外注量の比率は四十五パーセントで、いずれも通常範囲でした。サンプル出荷されたダンプ二台分については元帳と伝票で裏付けが取れました。犬咬市の問題に関連した調査はこれで終了にしたいと思います」

 「すばらしい検査で勉強になりました」笹木社長はほっとしたように答えた。

 検査会場を辞して駐車場に出た時にはもう午後八時近くですっかり日が暮れていた。

 「コーヒーでもどうですか」伊刈は加賀に小声で耳打ちした。加賀は無言で頷き国道沿いの古びたドライブインへと誘導した。

 「さっきは問題ないと言いましたが、関連会社をトンネルして不法投棄している疑いが濃厚です。あとで帳簿の写しなどの証拠はお譲りします」伊刈は大和環境から徴収したばかりの帳簿のコピーを示した。

 「目から鱗の検査でした。明日にも上司に報告し可能なかぎり厳しい措置を検討します」加賀は目を輝かせて応えた。

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