情報戦

 監視チーム全員と奥山所長、仙道技監が出席し、広域農道北側現場と三つの無差別ゲリラ現場の証拠調査の結果をまとめる会議が所内の小会議室で開かれた。

 「四つの現場の調査結果は大きく三つのルートに集約されました」伊刈が報告書を手に説明を始めた。

 「第一は大和環境とレーベルを経由したルートです。これは扇面ケ浦と通恋洞に共通した証拠によるものです。運搬した業者はまだ特定できていません。今のところダイニチと平和商会という二つの収集運搬業者の関与が疑われます。レーベルの撤去を代行したいと昇山という会社が名乗り出ています。第二はニシキパワーエナジーを経由したルートで、これは広域農道北側現場のものです。里中というダンプ運転手が実行犯として名乗り出ましたが、般若商会の仕立てたダミーだと思われます。ニシキに立入検査を実施しましたが般若商会の関与を特定することはできませんでした。第三はオブチとエコユニバーサルを経由したルートです。オブチは県立朝陽高校北側現場、エコは広域農道北側現場の証拠と関連しています。収集運搬業者の円(まどか)が実行犯として名乗りを上げています。今のところ円が関与したという証拠はありません。第一ルートと第三ルートは、これから関与した業者の立入検査を実施しようと思います」この四つの事件をどうまとめて解決するか伊刈の手腕の見せ所だった。

 「それで現場をどうしたいんだ」仙道が発言した。

 「現場をまず撤去させることが大事だと思います。変にこじらせてしまって撤去ができなくなれば代執行の予算が必要になります。でも事務所には予算がありません」

 「本課に予算をもらうのは嫌か」

 「そうじゃありませんが予算を使わないで自主撤去ができればそれに越したことはないと思います」

 「撤去してしまえばそれ以上の追及は難しくなるぞ」

 「安易な幕引きにしないため調査結果を公表したいと思うのですがどうでしょうか」

 「公表? どうして?」

 「どのルートにも許可のある中間処理業者や収集運搬業者が関与しています。業者は情報交換していて、みんなで申し合わせている節があります。ダミーを仕立てたりして早々と撤去を申し出たり、撤去協力者が名乗り出たりといろんな手で幕引きをはかっています」

 「確かにそんな感じだな」

 「許可業者が一番怖いのは許可取消しです。でも今回の調査程度だけでは取消しの証拠としては十分じゃありません。それに取消しとなれば業者も撤去協力を取り下げるかもしれません。調査を進めていてわかったんですが許可取消しと同じくらいどの業者も恐れていることがあります。それは不法投棄に関与したことを取引先に知られることです。疑われただけでも契約を切られると思います。調査の電話をかけただけでもアナウンス効果があるくらいです。調査結果をリークすれば経済封鎖効果を発揮できると思います」

 「それは妙案だけどよ、役所には情報の守秘義務があるんだ。行政処分や刑事告訴のような節目でなければプレス発表はしないのが決まりだ。許可を取消すわけでもなく、ただ撤去に協力するというだけで社名の公表はできんぞ。それに記者クラブへの投げ込みは本課の権限なんだ。事務所の独断ではできんぞ」

 「それはわかってます。どうやったら行政処分をせず記者クラブも使わず本課に協議もせずに情報をリークできるか、そこが頭のひねりどころだと思うんです」

 「おまえ何か企んでるな。所長や俺の首が飛ぶようなことじゃないだろうな」伊刈の計略を警戒して仙道は予防線を張った。

 「実は二つアイディアがあります。一つは撤去工事の公開です。調査した四現場のうち県立高校北の現場は撤去が終わってしまいましたが、残りの三現場を同時に撤去させればダンプ何十台分かになります。代執行でなくてもこれだけの規模であればニュースバリューがあります。撤去工事を公開すればメディアは飛びつくと思います」

 「なるほど。それでもう一つはなんだ」

 「調査結果の説明会です。これは守秘義務を説明責任に変える逆転の発想です。四つの現場で調査対象とした会社を集めて調査結果の説明会を開催するなら、関係者限りの秘密会ですから守秘義務や名誉毀損を回避できます。調査対象にした会社に限定して説明しても噂がたちまち広まり実質的に公開と変わらない効果が得られます」

 「ほんとに守秘義務違反にならないのか」

 「僕は海の家の訴訟を始めたとき名誉毀損罪で告訴されたことがあります。その時名誉毀損の構成要件を勉強しました。会議室のような扉の閉まる部屋の中で限定された関係者を相手に話しても不特定多数に公表したことにはならないんです。つまり守秘義務違反にも名誉毀損にもなりません。むしろ調査協力者に対して説明責任を果たしたことになるんです」

 「そんなお白州みたいなとこに誰がのこのこやってくると思う」

 「どの会社も取引先に騙されたと疑心暗鬼になっているんです。不法投棄に関与していない業者は汚名を晴らすために出席するでしょう。不法投棄に関与した業者も欠席裁判になるのは不安だから渋々でも出席すると思います」

 「考えたもんだな。面白いじゃないか」

 「やってよろしいですか」

 「ダメだと言ったらどうする」

 「不法投棄をなくすためには情報のリークは絶対有効です」

 「だけど本課には一応聞いてみてもいいか」

 「それはダメです」

 「なんで」

 「本課は自分が決めたルールを破れないだろうと思います。不法投棄に関与したなら許可を取消せばいいし、撤去させたいなら措置命令を発すればいいと杓子定規なことを言うかもしれません。プレス発表は不法投棄への関与が客観的に明らかになり、改善命令、措置命令、許可取り消し、業務停止などの行政処分を発した場合に限るというのが本課のルールですから、任意撤去の現場公開はできなくなるかもしれません」

 「それがわかっていて本課を無視しろってのか」

 「はい」

 「おまえどうあっても俺の首を飛ばしたいみてえだな」

 「今回不法投棄に関与した業者のほとんどが市外どころか県外の業者ですから本課だって許可を取消せません。任意撤去だからといって公表しなかったらそれこそもみ消したのと同じです」

 「ルールに反することは役所にはなかなかできんぞ」

 「ルール違反じゃありません。ルールの想定外です」

 「それはおまえの屁理屈じゃねえのか」仙道は腕組みした。

 「屁理屈だって理屈です」珍しく伊刈が気色ばみ険悪なムードになりかけた。

 「いいアイディアだと私は思いますよ」万を持したように奥山所長が発言した。「本課を無視するっていうのに技監はひっかかるようですが無視しなければいいんですよ。手がないこともないですね」

 「どういうことですか」

 「私は環境安全部長とは同期ですから課長を飛び越して部長に一言断っておけばいいでしょう。部長はまさか課長が知らないこととは思わないでしょう」

 「所長、本気ですか」技監が信じられないという表情で奥山を見返した。

 「保険ですよ。いざという時に私から部長に説明済みだってことなら課長も文句は言えないし技監の首もつながるでしょう」

 「さすが所長です」伊刈が感激したように喝采した。

 「ばかやろう。首の皮はつながるかもしれねえが無傷で済むわけじゃねえんだぞ。これはおまえに貸しだからな」

 「それじゃ説明会を開催し撤去工事はメディアに公開するということで技監もいいですね」奥山が念を押すように仙道を見た。

 「まあ所長がそうおしゃるなら仕方ありませんな」仙道も返す言葉がなかった。

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