「これは本物の百合ハードSFです。」☆☆☆☆☆
ギギギ文庫出版「これは本物の百合ハードSFです。」(著:ロジカル玄々)
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《概要》
百合SFは近年のエンタメ小説業界において大きな可能性を有しているとされ、様々な著作により概念の著しい発展を遂げている。しかしその可能性の示唆については一例から読者に投げ掛ける例がほとんどを占めており、具体的な百合SFの概念耐久性の限界について検証を行うことを目的としたものは少ない。今回我々は百合的相性が良いカップリングを放課後屋上検定法及び週末晩酌法により選抜し、そのカップリングを高SFストレス環境下に置くことで百合SFの有する概念耐久性、及びストレスに対する抵抗反応を25種の条件で調査した。実験の結果、25の実験区のうち18の実験区がストレスに耐えうる概念耐久性を示し、そのうちの4つが顕著な抵抗反応を示した。この結果は、今後の百合SFがどのように展開されるかを予想するうえで有意なデータとなると考えられる。
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あの……うん。何ですかこれは。どこからツッコめと? 表紙? とりあえず表紙から?
えーと、画像検索してもらえればギギギ文庫の公式ホームページとかで見れると思いますが、表紙の女の子二人の後ろ、青字で英文が書かれていますよね?
「タイトルの英訳にしては長いなー」とパッと見で感じたので、ちゃんと読んだわけですよ。
「The research of conceptual durability and resistance reaction of "Yuri SF" in high fiction stress」――『高フィクション下における百合SFの概念的耐久性と抵抗反応についての研究』
論文か? え……論文か?
まぁ確かにさ、裏表紙を丸々使ったあらすじならぬ“概要”を読んだ時点で「論文じゃん」とは思ったけどもさ。違うじゃん、完全にテンションがアカデミックのそれじゃん。
まぁまぁまぁ、この時はまだ僕も冷静でしたよ。これは作中ギミックを表したものでしかなく、中身は真っ当な小説である可能性も多いに存在する――そう考えることができましたからね。一度本を置いて深呼吸して、心を落ち着かせてから表紙を捲りましたよ。
まず目に入ったのは可愛らしい扉絵。様々な女の子二人組が、それぞれ異なるシチュエーションで描かれています。おぉいいじゃない、これなら大丈夫そうだ。
そしてさらにページを捲ると、そこに目次が現れました。
《目次》
・緒言 pp.3~14
・材料と方法 pp.15~63
・結果 pp.64~408
・考察 pp.409~460
・謝辞 pp.461~465
・参考文献 pp.466~478
……ぃ、IMRaD!!!??? Introduction, Materials and Methods, Result, and Discussion !!!???
ライトノベルレーベルから出版されただけの論文であることが確定した瞬間でありました。というか厚っ(今更)。500ページ近くあるじゃないですかこれ。
うーん……。
さすがに、一度本を置きました。これは読んでいいものなのかという困惑と、怖いもの見たさの二つが自分の中を渦巻いているのを感じます。結局心が落ち着いて読もうと決心できたのは、ツイッターを三十分ほど眺め、さらにツイッターを二十分ほど眺めてからでした。
・緒言
舐めてた。正直、やべーやつになりたいワナビの所業ぐらいに考えてました。最初に述べますと、ただのやべーやつじゃなくて学のあるやべーやつでした。
まずジャブで繰り出される膨大な情報量。百合SFを語る上で重要なそもそもの百合の原流をまさかの平安時代にまで遡り、そこから明治時代における興隆を経由しつつ現代まで変化してきた百合の在り方についての解説が入ります。
いや、この人絶対普通の面白い百合小説書ける。ペンネームが検索に引っ掛かからないけど、絶対誰かスゴい方がペンネーム変えて書いてるやつに違いない。なぁ、そうだと言ってくれないか? 俺は何を信じて読み進めればいい? なぁ、教えてくれよダニエル……。
……(こちらを見つめるダニエルの幻覚)
そんなこっちの混乱はよそに話は進み、本題である近年の百合SFのブームについて概念の限界がどこにあり、それを線引きする必要があると明言してこの緒言は終了します。正直ここまでの内容だけでウェブ公開したとしても、かなりのPV稼げるレベルの高密度な情報だじぇ……。
・材料と方法
カップリングの相性を検定する上で有効であると先行研究(Yamanishi et al. 2011)で示されている組合せ検定の手法として、高校生以下は「放課後屋上検定法」、成人組は「週末晩酌法」により(←?????)相性の良いペアを選抜し、そのペアで実験を行う、との由。「不良っ子/秀才委員長」とか見慣れた単語が出てくるのに、何一つ情報が入ってこないのは自分の読解力不足以前の問題であると信じたい。
そうして選抜したカップリングを、複数の高SFストレス条件下に置いてその関係性を観察する、というのが今回のメイン部分とのこと。高SFストレスというのは「スペースオペラ」や「地球外生命体との邂逅」「高度に医学の発展した未来」「ポストアポカリプス」エトセトラエトセトラ。まぁいわばシチュエーションのことですね。これを25種用意して観察するわけです。概念耐久性と抵抗反応の検定基準については、ストーリーとしての完成度、二人の関係性におけるエモーショナル密度などのパラメータから定量するとかなんとか。
ここまで読んで、何となく理解し始めます。カップリングとして定番どころの二人組をメインに置いて、様々な設定のもとでシナリオを構築し、その面白さを見てみようということですね。おーけーおーけー、漠然とだが筆者のやりたいことは分かってきたよ。
・結果
い き な り 百 合 が 来 た
何を言ってるか分からないと思う。でも本当なんだ、いきなり百合が来たんだ。それはもう、乗車していた車のアクセルをいきなりべた踏みされたかのようなGが心にかかったんだ。
具体的に言うと、方法で述べたカップリングとSF的シチュエーションで書かれた百合SFがいきなり始まりました。それまで「我々は」とか思いっきり作者が出てきていたのに、『はーい! ここから百合SFアンソロジーはーじめ!』と鏑矢を射るだけ射放って紙幅の彼方に消え去って行きやがりました。サービス開始から3ヶ月で終了するようなソシャゲのチュートリアルでさえもっと優しく誘導してくれると思う。
本書に掲載されているのは、実験を行った25区のうち、抵抗反応を示した1編を含む陽性5つと陰性1つの計6編。しかしそれぞれが2万字前後の、陰性(百合SFとしては不成立)を含めて傑作ばかり。
広大な宇宙の中、家柄により数光年先の惑星に嫁ぐことになった少女と、太陽系に残る親友との通話だけで構成される「五光年矢文」。
人間社会の滅びた世界で、言語の通じない二人があてのない旅をする「声たり得ない音と心たり得る音」。
再生医療の進展で全細胞置換が可能になった社会で、テセウスのパラドックスについて問う「明日は無き我が身」。
ペットとして小型の地球外生命体が普及した未来で、隠れてそれを飼う二人の小学生を描いた「ギョロちゃん」。
サイボーグ化が当たり前の時代、サイボーグスケバンの不良少女と反機械主義のクラス委員長の関係性を描いた「スケバン・サイボオグ」(これが抵抗反応を示します)
人類の三割を養う食糧生産プラントを一人で管理する女と、話相手のAIの日常と悪意を描いた「血産血消」(陰性作。滅茶苦茶面白かったのですが、作者の基準では百合SFとして破綻しているとのこと)
至福の読書体験。ここまでツッコんできた全てを許し、むしろ感謝するほどのクオリティでした。
ここまで読み終え、本を一度閉じ、一言。
「――これ、素材というより作者の技量の問題では?」
ソレ、タブンベツノハナシ(後ろから肩を叩き、僕が振り向いて顔を見ると同時に首を横に振る物憂げなダニエルの幻覚)(しゅんとする僕)
因みに、残りの実験区は後日「これ百合」特設サイトにて無料公開されるとのこと。読むしかないですね。
・考察
結果で示された例を中心に(ラノベでイラストページに表が掲載されてるの初めて見た)データに見られる傾向とその意義について、作者なりの考察が綴られます。あんなのを読まされては、もうその論理に頷くしかありません。
要点だけまとめれば、『百合SFは過度のストレスに対しては強い耐性を持つが、中途半端な負荷では逆に内圧と外圧の均衡が崩れシナリオが崩壊する場合がある』との見解でした。この人がそう言うのだから、きっとそうなのでしょう。
・謝辞
・参考文献
名詞の羅列なので割愛。百合SFを学ぶ上でどんな書籍・サイトを読めばいいのかが凝縮した部分なので、それ目的でも買っても損はしないかも。
……と、いうわけで全体を読み通してのまとめですが、ヤバかったね(語彙力)。
確かに面白い。今年読んだ読み物の中でも指折りの傑作なのは疑いようがない。
ただ、「小説として、ライトノベルとしてどうなの?」という観点からすると、僕の回答はこうなります。
「これは本物の百合ハードSFです。しかし、これをライトノベルと呼ぶにはまだ時代が早い」
以上。人柱したい(動詞)SF好きにはたまらない作品だと思うので、心当たりのある方はどうぞ。
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