無記憶の魔法兵士
橙
記憶を無くした魔法兵
001 お寝坊さん
白いベッド。白いかけ布。白い天井。白のカーテン。揺れるカーテンから覗く窓の景色は、青々とした木々が風に揺らされている。その木々の踊りを仕切るように、心電図の音が機械から鳴り響く。機械の導線を辿れば、その心音は僕の物だと分かる。
さて問題です。ここはどこなのでしょう?
「あら?起きたのですか?」
声をかけてくれたのは回答者ではない。緑髪の素敵な看護婦さん。もう答えが声をかけてくれたといっても過言ではない。
「とてもいい朝ですね」
そう僕は問いに笑い掛ける。
「もうお昼をまわってますよ。お寝坊さんですね」
「そうですか。お寝坊さんですか」
白壁にかかった時計はお昼どころか、おやつ時を指していた。
「ここはどこですか?」
「サウ病院の特別棟ですよ」
ここはサウ病院の特別棟でした。正解者にはきっといい事があるでしょう。僕は全くもって分からなかったけども。
「そうですか」
「そうですよ。ド田舎ですよね。ここ」
そんな事言われても……。確かにサウは国の南端の地名だった気がするけど。とりあえず、ここは生まれ故郷ではなかった気がする。じゃあ生まれは?
「僕ってどこ出身でしたっけ」
「えーっとですね、確か」
看護婦さんが答えようとした所で、ガラガラリと部屋の扉が開く音がした。
「ノーラ!また仕事さぼってる」
「えー、今回はちゃんと仕事してましたよ。ほらほら、ほら」
先程まで会話をしてた看護婦、ノーラはツンツン、ツンと僕を指さした。
今入ってきた茶髪の子と目が合い、僕は軽く会釈をする。彼女もこくりと頷く。
「あ、どうも。ほんとだ起きてる……って大問題じゃないの!先生に連絡したの?」
「戻ったら言おうと思ってたけど」
「何のための内線よ!」
呆れた様子で看護婦が、僕のベッド隣の壁に付けられていた受話器を取り連絡を入れ始める。
慌てる看護婦を背景に、慌てず騒がずとしているノーラと目が合う。
僕は不思議と口を開く。
「僕が起きたら大問題なんですか?」
「えーっとぉ問題っていうより……すごい事?」
「すごい事どころじゃないわよ!奇跡よ!奇跡!起き上がったことも、今喋れているのも、誰も想像してなかったんだから!」
そう答える茶髪の看護婦は、それはもう大興奮だった。
彼女の言葉からするに、僕は生と死をさ迷っていたようだ。そして病院側は僕の生死に対して途方に暮れていたのかもしれない。
「でね、リーちゃん」
「何よ」
茶髪の看護婦さんはリーと言うらしい。
「彼ね、記憶が曖昧みたいなの。出身が思い出せないんだって」
「ふむふむ?」
ノーラはおっとりしている様子だが、意外にもしっかり考えていたようだ。僕が出身を聞いたのも覚えている。
リーはノーラの手に持つ資料を取り上げ、軽く目を通して僕に話しかけて来た。
「答えれるなら答えて。無理なら首を横に振る……と危ないかもだから、分からないって言って」
「分かりました」
「お名前は」
「分からない」
「あっ……」
そう声を漏らし、リーは頭を抱える。
「初手で詰みましたね」
ノーラの言う通り、詰みなのである。1手目で詰む遊びなんて、あっただろうか。
「じゃあ何か思い出せることは?」
「ここはシートルランドでサウの町。あと男である事。それに……」
考えようとしたとき、頭を貫く痛みに思わず頭に手を当てた。
しかし痛みは一瞬にして和らいだ。
「これは……しばらくは駄目そうね。とりあえず、今はいいわ。それよりも――」
リーはノーラをじっと見つめる。
「あら、リーちゃん怒ってらっしゃる?ふぇっ」
リーはノーラの両頬をつまみ引っ張った。
「記憶の事は私が連絡する前に伝えなさいよー!また伝達不足って言われるじゃないのお!」
「ふえぇぇーごめんにゃしゃあい」
ノーラの作り出された変な顔に、今は何も考えずただただ笑ってしまうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます