第8話
孫として扱いたくても……何だか……怖い子供でしたね。息子達は喜んでいたようですけど、最初に会った時、正直なところ「この子は止めた方が良い」って、余程言おうか考えましたから。え? いえ、違います。睨む訳でも口が悪い訳でも無いんです。何と言いますか、心の汚いところを見抜かれるような……そんな目をしているんです。
――阿桑田将貴(無職)――
項に痛みを覚えた。後頭部が割れるように痛んだ。視界が眩み、肩から下に実体感が無い。全身が古びた機械の如く――思ったように動かない。
どうしようも無い「痛み」が、私の首を絞めていく。
もうキユリを抱く事も出来ないだろう。孝行が求めて来ても満足させられないだろう。昨日までのように、日常を謳歌出来ないだろう。
私は、私という人間は、何もかもをこうして奪われるのだろうか?
嫌だ。絶対に嫌だ。抵抗する、当たり前だ。でも、抵抗したくとも身体が動かない。
銃剣は? そうだった、捨てられたんだっけ。ナイフ……流石に装甲を貫ける気がしない。
腹が立つなぁ、この女。
あぁ、頭が痛い。
誰かが喋っている、馬乗りになっている女かぁ。
「ひ、一つ教えて……」
この期に及んで何を?
「今まで……ずっとずっと逃げて、逃げ続けて……人を殺したんでしょ」
だから?
「……痛っ、……それでも……どうして生きようとしたの?」
どうして? 何を言っているのですか。
「何の為に生きようとしたの?」
夢、私が孝行と出会ってから、一度も誤魔化す事無く追い続けた夢の為ですよ。まだ喋れる間に、教えてあげますね。
「夢……」
そうです、夢です。場所、状況、職業を問いません。私が孝行の妻となり、孝行との子を産み、母になる事。我が子の成長を見届け、孝行に愛を伝え、死ぬ事。
「……そっ、それだけ……」
それだけです。可笑しいですか。
「狂っている、狂っているよそんなの……」
でも、それが私の夢だから仕方無いでしょう。夢を叶える為に、私は頑張りました。頑張って頑張って頑張って頑張って、頑張り尽くしたのに。貴女が壊した。
「……よく言えたものね、本当に。貴女と夫が殺して来た人達だって、色々な夢を持っていたでしょう! 悪い事もしていないのに、貴女達みたいな人に、いきなり殺されて……! 恥を知ったらどうなの!」
別に、亡くなった方々に恨みはありません。唯、私の夢を邪魔する形になったから、結果として殺めただけ。きっと……貴女も私と同じ事をしているはず。
「……は?」
繋がりは恐ろしいのです。貴女が何気無く呟いた言葉を聞いて、誰かが自殺したかもしれません。誰かが罪を犯したかもしれません。それを自覚していない分、貴女は私よりも悪人ですよ。
「……本当に狂っているんだね、貴女」
執行者に言われたくありません。
「ここまで殺したいと思った人もいない。凄く……寒気がする」
私だって、ここまで理を知らない、愚かな人は見た事が無いわ。
「っ、最低よ、貴女は!」
だって、理解出来ないのでしょう? 全ての繋がりというものを。全部繋がっていて、そして理由がある。私はそれを理解した上で行動するだけ、理由無き愚行に走るのは、とっくに止めています。
「……今日程、この仕事にやり甲斐を感じるのは初めて」
射線上――。
パン、と乾いた音が鳴った。ユリカが予め設置しておいた、もう一丁の「銃砲」によるものだった。
発射――というユリカの意志を以て射出される銃弾は、目も覚めるような純白に塗装されている。射線上に立っていた香菜代は、背後から迫り来る銃弾の気配を悟り……。
即座にユリカを掴み上げると、香菜代はユリカを「盾」のように扱い――細い身体に銃弾をめり込ませたのである。
用意してあった狙撃銃は、予定通り主人の意志で発砲し、果たして主人の腹部を抉ったのだった。
「――っ……」
「あ、アハハ……これも繋がり……って言いたいの? 粗末な罠だったけど……」
痛む右腕も忘れるような「笑い」と共に、香菜代は息を切らしながらもユリカを投げ飛ばす。ユリカは巨木の根に激突し、そのまま動かなかった。
「ハァ……ハァ……ようやく終わった……アナウンスはまだ?」
正義は勝利し、悪道は滅される――香菜代は抱く「鉄則」の不変性に喜び、空を見上げて膝を突いた。
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