第2話

 はい、よく知っています。何だか幸薄そうな、いつも人の顔色を窺う感じがして、私は苦手でしたけど。印象に残る事? うーん……そうだ、私はあの人と二年間同じクラスだったんですけど、参観日の時は、特に機嫌が悪そうでしたね。親に作文を読むっていう時間で、あの人だけは「忘れて来た」って言い張っていました。変な人でした。


                        ――作下映子(会社員)――




 執行者三堂果奈代が使用する武装は、幾人ものの中で特に異質なものであった。


 機動戦闘用軽鎧装甲きどうせんとうようけいがいそうこう


「機構」が香菜代に渡した契約書、そこに書かれている名称である。刀剣などの掴む武器、拳銃などの飛び道具は一切無い。「使用する」という意志だけで脱着が可能な武装は、保持者は彼女のみであった。


 両前腕から三日月形に伸びる刃物、各指先と踵に搭載された拡張爪、装甲がもたらす爆発的な身体能力の向上……。以上三点が、香菜代に与えられた「執行用武装」の全てである。


 己が肉体を通じて転生者を処理する事が、自身の行為を真っ当な、所謂「正義」たらしめるんだ――香菜代は信じ、そして数々の修羅場を潜り抜けて来た。


 殴る、蹴る、投げる、折る、斬り裂く、貫く。


 肉体と拡張爪のみを使用する為、直感的に行動を起こせるのが強みだった。武装を破損する事も、ましてや奪われる事も無い。あらゆる世界で唯一信用出来る武装――それこそが「装甲を纏った自分」であった。




 闘争形態に移行した香菜代と対峙する者は、須く間合いを極端に取ろうとするか、がむしゃらに攻撃を繰り出すか、そのどちらかであったが……。


 現在、彼女が対峙する敵――野口孝行は、その場から動こうとはせず、唯黙して刀を構え直しただけだった。


 手練れだ……香菜代は思った。


 今までに三人、香菜代は孝行とに出会った。何れもが老練の戦士、あるいは長命の仙人じみた者だったが、自身と同年代の孝行が「その域」に達している事を、彼女は声に出さず賞賛すらしていた。


 彼女は記憶している。この場合、決して楽な闘争では無いと――。


「……っ」


 黒色の装甲の奥、柔らかな香菜代の肌が、痒みのような……微かな痛みを覚えた。猛烈な殺意、闘争心を目の当たりにした時だけの「圧」が、香菜代に一切の油断をさせなかった。


 果たして――行動を起こしたのは香菜代の方だった。地面を踏み締め、一直線に孝行へと向かって行く。彼女の後方に吹き飛ばされた土は、まるで投げ付けられたように樹木に付着する。


 まずは正面から!


 狩猟刀、では無く……香菜代が着目するのは孝行の「手」だった。膨大な戦闘の記憶から弾き出されたは、武器よりも「手足」に注目すべき――であった。


 間合いが二メートルを切る、孝行は迫り来る香菜代に向け、軽やかに刀を振り下ろす。呼応するように香菜代の右腕、そこに仕込まれた刃物が迎撃する。涼やかな金属音が森に木霊した。


 腕が折れそう――香菜代は孝行の膂力に驚きつつ、手刀の形を以てして、彼の喉元に拡張爪を刺し込んだ。


「甘いな」


 孝行の声が聞こえた。


 何が甘いの? そう問う間も無く、香菜代の股に彼の右腕が伸びて行く。そのまま孝行は刀を滑らせて香菜代の首元に当てると、一気に腰を捻り――。


 裏投げに似た「技」が、香菜代の身体を後方に放り投げたのである。


「っ!」


 香菜代に痛みは無い。頑丈な装甲が身体を覆っているからだ。しかしながら……全身に伝播するだけは、如何に堅牢な鎧であっても避ける事は出来ない。


 一瞬。一秒にも満たない小数点の世界の中、香菜代は視界を失った。


「駄目か」


 孝行はそう呟き、三メートル程彼女から飛び退いた。即座に跳ね起きた香菜代は、何気無く首元を触る。


「良い鎧だ、三堂さんとやら」


 硬い装甲越しに……香菜代は一文字に走る「溝」の感触を覚えた。




 この人、私を叩き付けたと同時に――




「一応、この刀は鎧でも断ち斬れる代物なんだがな」


 孝行は粘るように輝く刀身を反転させ、「刃毀れは無し」と微笑んだ。


「さて、後攻は俺だったかな」


 香菜代は身構えるも……孝行は散歩でもするかのように、ゆっくりと歩み寄って来た。二度、三度と手を握り直し、香菜代はを警戒していたが――。


 結局、二人の距離が一メートル強となるまで、孝行の両足は一定の速度を保ち続けた。


 来る! 香菜代の眉がひそめられた瞬間、孝行の腰が前方に落ちた。


 倒れ込むような脱力、同時に下方から上方へと移動する捻りは、互いに強固な連携を見せ――。


 狩猟刀の「居合抜き」を完成させたのである。


 間に合え――! 香菜代は横を薙ぐように左から滑り来る刀身を睨め付け、両足に膂力と血液を送り込む。


「おっ……」


 俄に孝行の目が見開かれる。両断、とまではいかずとも、装甲越しに損傷を与える計画が失敗に終わったからだ。


 跳び上がった香菜代は身体をほぼ真横に傾け、刀身と平行になり……「万が一の接触」を考慮して、反時計回りに身体を回転させた。


 空振りに終わった孝行の刀は、しかし瞬時に持ち替えられると、今度は香菜代の右脇腹から左鎖骨へ向け、逆袈裟斬りを敢行する。だが……。


 孝行の攻撃は、「立ち上がる敵」にのみ有効だった。蛙のように低く蹲踞した香菜代には――全く無効な一手である。


 シュッ、と香菜代の口から空気が吐かれる。伸びた右足は、そのまま鎧の硬度を抱え……。


「ぐっ……!」


 果たして孝行のバランスを、滑らかに刈り取る事を成功させた。




 好機、今こそが好機だ!




 宙に浮く孝行を目掛け、更なる追撃を敢行する香菜代。先程とは逆、左足を使用し、爪先から伸びた拡張爪を――。


 孝行の右大腿部へ叩き込んだのである。


 装甲による身体能力の爆発的向上効果は、孝行の身体をそのまま左方に吹き飛ばし……。


 巨木への衝突、全身打撲を以てその効果を証明したのである。

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