第13話

 ある意味、病は平等主義である。その人の容姿性格に関わらず、生活習慣と遺伝のみで判断するからだ。


                      ――ワレフルゾー(医学者)――




 あぁ、何て面倒な人――ユリカは朗らかな表情で着席すると、平川の腰部を見やった。食卓に隠れてはいたが……ハッキリと「武装」しているのが目に見えた。


 アイツは俺と同じく、狩猟刀を使う。正直、間合いは俺よりも広い――食堂へ向かう道中、孝行は暗い声で語った。悔しいような、羨んでいるような彼の声質に、ユリカはどうしようも無く「庇護欲」を掻き立てられた。


 可愛い孝行。帰ったら一杯甘えさせてあげよう……。


 黙する隣の孝行に横目で秋波を送りつつ、ユリカは眼前の「厄介者」を見据えた。


「……申し訳ありません、お話を続けてください」


 平川は訝しむようにユリカを一瞥し、「ともかく」とクーノスを訪れた理由を再度主張した。


「俺とルクルクは……ノグチ、お前の助けになりたくてここまで来たんだ。……ある意味、保身の為でもある。何かの手違いで、お前が俺達を殺しに来ても堪ったものじゃない、だからこうして――」


「おい」


 孝行の声に反応した平川は、やや目を見開いて口を噤む。


「……話は分かった。お前達が俺を助けに来てくれた、それは嬉しいよ。だがな、『はいそうですか』と頷く程……温い環境に身を置いていない、それに――」


 数瞬の間を置いて……孝行は語気を強めた。


「さっきから、?」


 孝行が言い終えた刹那――ユリカは胸奥と下腹部が、感覚を覚えた。


「見ての通り……俺は今、一人で生きている訳じゃない。ここまで来るのに……俺は多大な犠牲を払ったつもりだし、辛苦を味わい尽くしたんだ。思い出したく無い事、忘れてしまいたい事……それらに、確かにこの女ユリカは関わっている。それでも俺は――」


 この女と生きる道を選んだ。


 平川の顔が俄に歪んだ。夫の豹変に恐怖しているのか、ルクルクは平川の腕を掴んで「止めて、アナタ……」と泣きそうな声で言った。


「ずっと考えていたんだろう、『どうしてノグチは、違う女と一緒にいるのか』……と。仕方無いんだよ、俺もよく分からない、キチンとした訳を話せる思考力も……何だか溶けて無くなったみたいだ」


 お前は……と、平川は呆れるような声調で問うた。


「本当に狂ったのか?」


 更に彼は続けた。ルクルクの制止も無視する平川は、最早が利かなくなっているらしかった。


「……教えてくれよ、ノグチ。マピンでお前が護った女は……さんはどうしたんだよ? 聞かないように、聞かないようにと心掛けていたんだよ、俺は。でも……もう駄目だ、余りにお前は――悪びれていない!」


 押し殺すような声は、しかしながら……自身の妻を怯えさせるだけだった。


「あ、アナタっ……本当に止めてよぉ。何か理由があったんだと思うよ? ね、お願いだから……そんなに怖い顔を――」


「黙っていてくれ、ルクルク……! これは俺と、ノグチとの話なんだ! さぁ答えろ、お前の大好きだったキティーナさんは、一体何処に行ったんだ!」


 実際……孝行は前妻のキティーナが「どのような最期」を遂げたのか、全く記憶に無かった。突如として嫉妬の狂気に染まり、巨獣化して襲い来るキティーナが、如何様にして果てたのか? あえて孝行は――知っているであろうユリカに問わなかった。


 真実を知って心を痛めるよりも、目の前の「虚構」に縋った方が心地良い――彼は無意識に嘘を求め、大量の虚構を以てして……心の穴を埋めていた。


 そして今、が口を開いた。


「……キティーナさんは、猛獣に姿を変え……孝行を殺そうとしたのです」


 目を見開き、平川は「嘘は止めろ」とユリカを睨め付けた。


「そのような嘘で欺せると思ったのか?」


 ユリカは即座にかぶりを振る。


「嘘ではありません。最初に……私がキティーナさんとお会いし、『孝行は何処ですか』とお伺いしました。どういう関係なのかと問われまして、私は正直に――」


 孝行の妻です、元の世界から追い掛けて来ました――とお伝えしました。


 何を言っているんだ、あんた……平川が眉をひそめた。


「……ノグチ、元の世界でお前は『付き合っている女はいない』って言っていただろう? 黙っていたのか、俺に」


「……確かに、俺とユリカは付き合っていなかった……はずだ」


「はず、って何だよ。付き合っている女がいるかどうか、それすらも忘れるのかお前は?」


 畳み掛けるように平川が続ける。


「お前は元の世界では独り者で、異世界で初めて娶った女性がキティーナさんだろう! どうしたんだよ、本当に! ――」


 平川さん……。ユリカが静かに言った。


「孝行を、馬鹿にしているのですか」

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