第11話
我が首を断ち切らんとする刃を前にして、それでも私は言い切れます。あの選択は私欲では無い、辛苦に喘ぐ草民の為でした。
――ナンレアル・リャジア・アパネンゴール(王妃)――
言語、思考、文明を獲得した生物――人間と呼ばれていた――がひしめき合い、暮らす世界。「現時流」の中に幾つ存在するのか、果たして本当に存在するのか――完璧に観測した者はいないが、一つだけ……確実に言い切れる事がある。
須くその生物は、大小多少を問わず「誤解」の奔流に身を任せているのだ。完全に他者の思考を覗ける者は、大半が精神を病み――自身で命を絶つか、凶行の限りを尽くすかである。あえて真理を突き止めようとする奇特な者は、群れから外され、最悪の場合は種々の罰則を以て封じ込められた。
誤解があるからこそ、生物は争いと平和の繰り返しを約束される。どちらか一方に傾けば、それは繁栄と技術の進化が停止する事を意味し、また彼ら生物は無自覚、無意識の内に「正負」の波状を望んでいた。
今……ある世界に暮らす生物――雌雄が、ある国のある小路で、声を潜めて会話をしている。内容は「自分達を殺そうとする旧友とその妻」の対処方法であった。
雄が言った。「確証は得られない。それでも俺は恐怖している」と。
雌が返した。「敵意は感じられたのか」と。
雄がかぶりを振った。「だから怖いのだ」と。
雌が思案に耽る。「もしかして、その妻は『獣人』ではないか」と。
雄が食い付いた。「肌の焼けた獣人の女だ」と。
雌が打ち明けた。「実は、昨晩に酷く私を恐れる獣人の女と出会った。特徴が酷似している」と。
雄は歯噛みした。「何なのだ、一体あの女と旧友は何をしたいんだ」と。
雌が雄の腕に触れた。「今晩に会うと約束したのなら、私も後を付けて行く」と。
雄は再びかぶりを振った。「旧友は手練れだ。獣人もいる。気配を悟られては二人共危険だ」と。
雌は微笑んだ。「ならば、隠れず二人で向かえば良い」と。
雌が続けた。「貴方の為なら、穢れも厭わない」と。
雌雄は言った。「後でもう一度、練り直そう」と。
雌雄は頷き合い、そして別れた。雄は小路を離れ、雌はすぐ近くの建物へと戻って行った。
この雌雄をAとする。Aが「敵」と仮定する別の雌雄――この雌雄をBとする――は、全くAへ危害を加える必要も動機も無かった。Bは安住の地を求めて彷徨うAの為に、何かしらの助力をしたがっていた。
以前、雄同士は互いに武器を構え、殺傷行動を取り合っていた。Aの雄は未だに警戒心、恐怖心を拭えず、しかしBの雄は「和解」を望んでいた。
仮に……雄同士だけで会談の場を設ければ、両雄の間に横たわる溝は埋められたであろう。ここに二匹の雌を加えた為に――。
誤解という障壁が顕在し、AとBは一つだけ用意された「結末」へと向かって行く。
この日の晩、AとBは
警戒と恐怖に身構えるAの雌雄は、雄の名を「野口孝行」。雌の名を「阿桑田ユリカ」という。
和解と助力を提案するBの雌雄は、雄の名を「平川修二郎」。雌の名を「ルクルク」という。
人間という生物は、誤解と共に歩み行く。AとB、どちらが良でどちらが悪か?
答えは至極明快だ。
詰まるところ、生き延びた方の選択が、果たして「良」に違い無い――。
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