第5話
新兵がいるとする。彼は最初、叫びながら敵を殺す。その衝動に慣れてくると、次は無言で敵を殺す。完全に慣れ切った頃、再び彼は叫びながら殺すのだ。
――カゲギリス・コリオ・ファーデルノ(戦場記録官)――
明くる朝。小雨のちらつく日だった。ユリカの手を借りて病院を出た孝行は、暗い声で「医者は何処だ」と問うた。
「朝の日課で、山草を採りに行くんですって。お金は払っていますから、安心してください」
「雨が降っているのにか」
「雨の日しか咲かない花があって、それが鎮痛剤の元になるとか、何とか……」
孝行は一度振り返り、病院を見やる。淡々とした声調で「そうか」とだけ答えた。
無論、ユリカの返答は全て嘘である。横を歩く孝行を完全に欺し切ったとは毛頭考えていないが、彼を病院から連れ出すという目的さえ達成出来れば、懸念にすら値しない。
孝行が完全に復調する前に、如何に精神と記憶を矯正するか……それだけが現在ユリカを悩ませている。
「お腹減った?」
ユリカの問い掛けに答えず、孝行は覚束無い足取りで前を行く。何とかしてユリカから距離を置こうとしているようだった。
「お医者様が、この先に小さな町があるって言っていましたよ」
これは真実である。孝行が昏睡している間、医者との世間話の中で得た情報だった。
「そこでご飯を食べて、馬車か何かに乗りましょう。今は動き続けないと、何処から危険が降り掛かるか……」
「ユリカ」
突然――孝行に名を呼ばれ、ユリカは「は、はい?」と上擦った声で返した。
「頼みがあるんだ」
「何でしょう」
「俺を殺してくれないか」
ヨタヨタと歩きながら、孝行は声を震わせる事無く言った。
「どうして?」
一方のユリカも雑談のような調子で返す。
「何も考えられないんだ。今の俺は。何が正しくて、何が違うのか。……一つだけ分かるとしたら……」
「うん」
「お前とだけは、共に歩めないって事だ」
パラパラと雨が落ちて来る。慌ててユリカは外套を脱ぎ、孝行の肩にソッと掛けた。すぐに孝行は外套を振り払い、そのまま歩き続けた。ユリカも外套を拾うと、孝行の傍へ駆け戻る。
「一晩眠ったら、お前が如何に最低な女か……分かったんだ。謝るよ、高校生の頃、お前をぶん殴って、二度と会いたくないと思わせれば良かったんだ」
ユリカは外套を抱き抱え、黙して彼の話を聴いていた。
「まさか、ここまで俺の人生を滅茶苦茶にしてくれるとはな。キティーナをおかしくさせたのは、ユリカ、お前の仕業だろう」
「……事実を伝えただけです」
刹那――孝行は振り返り、ユリカの胸ぐらを掴み上げた。
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