第2話
キティーナは語った。元の世界とは違い、何処までも自由で、果てしなく危険な魅力溢れる異世界の素晴らしさを、お伽噺を読む母親に似た声調で語り続けた。
「勿論、法律は何処の国、世界にもあるわ。でもね、元々私や貴女が暮らしていた世界と違って、拘束力はあって無いようなもの……。噂で聞いた話だと、最近になってようやく『殺人は罪だ』って布告した国もあるんですって。凄いと思わない? インターネットで悪口を書き込むだけで、社会的に抹殺されるかもしれない世界と比べたら――」
何て生きやすい世界なんでしょう! キティーナは笑った。
「この世界はね、執行者さん? 自己管理と自己防衛がキチンと出来る人だったら、これ程住みやすい場所は無いと思うの。……見たところ、貴女はその条件を満たせる人。ねぇ、どうかしら? もし良ければ、私達と一緒に同行して、それなりに安全な国まで送り届けてあげるわ」
向日葵色の髪を揺らし、両手を広げるキティーナ。陽光に煌めく髪は絹のようだった。
「これはね、嘘じゃないの。本当にこの世界が素晴らしいから、一人でも多くに伝えて行きたいのよ。……そうだ、もし持病とかがあって、それを気にしているのなら……私が薬を調合してあげる! 場合によっては完治させる事も可能よ、薬研さえあればすぐにでも、ね」
どうかしら、執行者さん――キティーナは問うた。邪気を感じられない、心の底から「定住」を勧めているらしいその様子を、しかしユリカは……。
目を細めて静聴しているだけだった。
「夫は恥ずかしがり屋で……最初は貴女にツンケンとしちゃうかもしれないけど、根はすっごく優しくて可愛い人なの。きっと貴女も仲良くなれるわ――ほら、この手を取って? そして一緒に……夢と希望を胸に、精一杯生きて行きましょうよ」
私達は、異世界は――貴女を歓迎しますから!
差し出されたその手を、ユリカは……果たして取る事は無かった。小首を傾げるキティーナは、「日が暮れるわよ」と急かした。
ユリカが口を開いたのは、それから一分程経った頃である。
「……この度は、私のような外法者に手を差し伸べて頂き、心より感謝を申し上げます」
「外法者だなんて……そんな――」
「いえ、私は外法者です。……本当はもっと早い段階でお伝えするべきだったのですが、キティーナさんのお話が余りにお上手で、つい聞き惚れてしまいました」
互いの視線がぶつかり合う。どちらも柔和なものであったが――。
「私は、実は最初からこの世界に骨を埋めようと思い、準備をして参りました。足りぬ知識を揃えて用意したものを、こうして背負っているのが証拠でございます」
俄にキティーナは背伸びをして、ユリカの背負うリュックサックを確認した。
「あら、そうだったのね……だったら話は早いじゃない。一緒に――」
「残念ですが、そうもいきません」
「……何か、込み入った事情が?」
ユリカは首肯した。
「この世界への移住を考えた理由にあります」
「理由って……良かったら教えてくれる?」
「勿論。……私、正直に申しますと……キティーナさんにお会いしたかったのです」
キティーナから笑みが消えた。
「それは――標的として……って事?」
「標的ではありません。……野口孝行さん、という方と貴女は、寝食を共にしておりますよね」
「えぇ、夫婦ですから」
そこです――ユリカは食い下がった。
「私は……キティーナさんの勘違いを正したくて……お会いしたかったのです」
キティーナの柔らかな尾が、酷くゆっくりと……逆立ち始めた。
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