第7話

 過去のを経て、住民がレガルディア一人となったトラデオ村の朝は、朝靄に包まれた幻想的なものだった。「湖が近いからじゃないかな」レガルディアは干し固めたパンを齧りながら言った。ユリカも頷き、差し出されたスープにパンを浸して咀嚼する。


「昨晩はうなされるだろうと思ったけど……案外、静かだったね」


 図太いのかねぇ……と、レガルディアは遠い町から買って来たというゴロ牛の牛乳を飲み干した。


「さぁて、あんたの準備が整ったら、早速泥を取ろうか?」


「あ、あの……」


「何さ? 急に泥とお別れするのが寂しいって?」


 そうじゃなくて――ユリカは上目遣いに言った。何処と無く……彼女の声色は、パディンとの戦闘前よりも落ち着き、少しだけ気弱なものへと変質していた。


 彼女の声の変化を認めたのか、レガルディアは細い喉をジッと見つめている。


「私の半生を……その……聞いたレガルディアさんは、どうして泥を取ってくれるのかなって」


「え? 何で? そういう約束だったじゃない。約束を破るのは御法度なんだ、私の一族は――」


「レガルディアさんは……どう思いましたか? 私の考え方を……して来た事を……」


 物憂げなユリカに構わず、レガルディアは手製の歯ブラシ(ウルイムと呼ばれる木の枝は、女性でも簡単に裂く事が出来る程に柔らかい。繊維をよく伸ばし、整えたものは高値すら付く)を口に突っ込み、ガシガシと歯磨きを始めた。


「あんたも使いなよ、これ。代わりのがあるから」


 ほら、と投げ渡された歯ブラシを、ユリカは戸惑いつつも小さな口に入れ、いつものように歯を磨いた。檜に近い匂いが鼻を抜けていく。


「……はぁ、サッパリした。それあげるよ、水を使わずとも三〇回くらいは充分に磨ける。塩も磨き粉も要らないんだ、便利だよねぇ」


 コクコクと頷きながら、ユリカはそれでも口を濯ぎたかった。染み付いた習慣がレガルディア式の口内洗浄を否定したのだった。


「ありがとうございます……それで、レガルディアさん……」


「あぁ、どう思ったかって話だよね」


 レガルディアは髪を梳かしながら言った。


「可哀想だなぁって思ったよ、あんたも、そのタカユキって人もさ」


「可哀想……ですか」


「そりゃあ思うよ。聞けば、タカユキってのは別の女といるんだよね? 一方のあんたは人を殺してでも、その男を追っ掛けている訳だ。……今後、きっと近い内に、その二人と出会えるだろうさ。その時……あんたはどうしたいの?」


 勿論、この手で殺します――そう言い掛け、ユリカは胸の辺りに異物が支えるような気がした。


「殺そうと思っているんでしょ。確かに一つの手だよ、私があんたの立場なら、その手も絶対に考えると思うな。……で、あんたはその女を殺したとする、タカユキは『じゃあ君と一緒になろう』って、簡単に決断してくれるかな」


「……でも、キチンと想いを伝えれば――」


「そこだよ、あんたの不思議なところは。タカユキの為なら何だってやれる、どんな事も学んで吸収出来る女がだよ、どうして『契り』の瞬間だけは、少女じみた推測をするのかなぁって」


 ハッキリ言うよ……レガルディアは一度口を噤み、意を決したようにユリカの双眼を見据えた。


「あんた、……そう思っているんじゃない?」

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