第5話
近い将来……父親となる男が、母親となる女の腹を優しく撫でた頃である。
ほぼ同時刻、一人の少女が声も出さずに涙を流した。すぐ傍には頭を撃ち抜かれ、這うようにして絶命した大きな体躯の男が斃れており……検死をするように、足先で頭を揺する女もいた。
男は死ぬ間際、「欺されるな、ツキーニ」と叫んだが――数瞬の内に身体をビクリと震わせ、動かなくなった。
「迎えに来ましたよ、ツキーニさん。……追い付くなり、どうしてこの方は私を『悪』だと言ったのでしょうね? 大変でしたね……無理矢理に連れて行かれたのでしょう?」
女が問うた。艶やかな毛並みの馬に跨がり、拳銃の銃口を軽く吹いた。
「さぁ、行きましょう。これで貴女を脅かす敵は消えました。一緒に旅を――」
嫌だ、と少女が叫んだ。
「何か吹き込まれましたか? 話してみてください、誤解を解いて――」
「間違っている、ユリィは間違っているわ! ゴーディスは敵なんかじゃない、私を助けようとしたのよ!」
「誰から助けようと?」
「ユリィよ! ユリィから逃げろって、ユリィは危ないって……そんなの違うって私は言ったわ、なのに、なのに――」
少女は顔面を涙で濡らし、馬から降りた女の足下に縋り付いた。
「こんなの、ゴーディスが正しいって思うじゃない! どうして間違いだって、言葉でゴーディスを説得しないの! どうして貴女は……どうして貴女は人を簡単に殺せるのよ、絶対におかしいわよ!」
女は困ったように小首を傾げながら屈むと、泣き喚く少女の肩に手を置いた。
「まだツキーニさんは知らないでしょうけど……話し合いで解決するような問題って、実際のところ――」
全く、問題以下の事ばかりですよ?
「……な、何よそれ……」
「詰まるところ、言葉の応酬だけで終わるような紛争は、ただの思考の擦り合わせです。世の中には、思想や知能の差で擦れ違うしかない事も沢山あるのですよ? 放って置けばどんどんと面倒になる……でしたら……」
こっちの方が、合理的でしょう――女は微笑み、小さな頭をソッと撫でようとしたが……少女はその手を払い、後退りをしたのである。
「……ユリィが怖い、悲しいけど、本当に怖いの! お願い、もう私達の旅はここで――」
「良いんですか? 標的は殺さなくても?」
「良い、もうどうでも良いの! 私、貴女みたいになりたくないから!」
いたく残念そうに……女は立ち上がり、再び馬上へと乗った時だった。
「最後に、一つだけ聞いても?」
ツキーニさん、と女は目を細めた。
「貴女の捜していた標的の特徴……教えてくださいませんか?」
「……殺す気なの?」
「それは分かりません。殺すに値する者でしたらもしくは……それで、特徴は?」
「言いたくないわ」
「このまま、ご友人の無念を抱えて……生きるおつもりなのですか? これは友人としての……私からのお礼です。今まで……ツキーニさんのお陰で楽しかった。これは本当です」
「……でも……」
「貴女の考えは正しいかもしれない。けれど……私には、こういう生き方しか、こういう恩返ししか出来ないのです。どうか、餞別のつもりで……」
「…………ぶっきらぼうな男よ。黒い服を着て……変に律儀で……何か……寂しそうで……」
「名前は? 知っていますか?」
もしかして、「ノグチ」という方ですか?
女が問うた瞬間、少女はポカンと口を開けた。
高空で猛禽類の一種が鳴いた矢先、少女は涙を流しつつも――微かに口角を上げたのである。
「……は、あは……やっぱり……」
ユリィの好きな人だったんだ。
それから間も無く、少女の後頭部が独りでに吹き飛ぶ。額から侵入した銃弾がもたらす破壊は、少女に苦痛を感じる一瞬さえ与えない、優しい「終わり」だったのである。
女の追い求める男――「ノグチ」を脅かす敵が、また一人……この世界から消えた。
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