第6話
座って――少女は部屋の隅に積まれた椅子を見やった。間も無く大量の細い触手が床から生えると、腸内の蠕動運動の如く、椅子をユリカの方へと運んで来た。不気味なベルトコンベアは役目を終えると、頭を垂れるように下を向き、滲むように消えていった。
「それには何も仕組んでいない」
ユリカは嫌々ながらも椅子に腰を掛ける。襲い来る触手は無かった。
「さて、と。色々と話はしたいのだけど、そちらからの質問に答えてあげた方がすんなりと進みそう」
どうぞ、と少女は瞬きした。
「では、遠慮無く。私を呼び立てた目的は何でしょう? というか……どちら様ですか?」
少女はユリカを指差し、「貴女と」と答えた。
「一緒。同業者。ここまで言っても分からない?」
ユリカは少女を見据え、思った。
なるほど、この女も孝行を追っている「執行者」の一人か――。
「私、
ふぅ、と小さい溜息を吐いた江井崎。吐かれた息に温度は無いようだった。
「聞かないの」
何をでしょう――ユリカは微かに小首を傾げた。
「貴女を連れて来た二人を処理した事。……もう一人は何処? 貴女が?」
顎先に指を当て、宙を見上げるユリカ。
「別に……私もそうするだろうなぁと思いましたからね、自分の事を知っている人間が少ない程、色々とやりやすいでしょうし。もう一人の方は、私の友人と一緒にいますよ」
殺しておきます? お近付きの印に――ユリカは微笑むも、しかしながら江井崎はかぶりを振った。
「……別に良い、何も出来なさそうな男だったから。本題に入る。同業者さん、手を組みましょう。帰還後の給料は貴女が七割で構わない、私、早く帰らないといけないの」
「理由は?」ユリカが問うた。
「私、大学生なの。身体は小さいけれど、一応は二二歳の女。卒論の定期報告、まだ教授にしていないから」
約束事を破るのは嫌いだから――江井崎は頷いた。下を向く病的な瞳孔に、ユリカは物珍しげな視線を送る。山羊のようだ……ユリカは幼い頃に訪れた牧場を思い出した。
「手を組まないというなら、別にそのまま帰ってくれて構わない。でも、なかなか大変だと思う、二匹も標的がいるし、男は元同業者さんだから」
二匹――この単語を耳にした瞬間、ユリカの心奥深くに「どす黒い怨炎」が揺らめいた。
「訂正を願います」
「訂正? 何処を?」
江井崎は瞬きをした。
「一人と一匹、でしょう。男性がお一方、獣人の雌が一匹……ね?」
再び、長い沈黙が訪れる。宙を見上げて思考に耽っていたらしい江井崎は、「もしかして――」と不気味な目を輝かせ……ユリカに問うた。
「殺すつもりが無い訳?」
「いいえ、ありますよ」
「それ、キティーナとかいう獣人だけでしょう」
「いいえ、どちらも手に掛けますよ。残念ですけど、私は貴女と手を組む事は出来ません。報酬は独り占めしたいので」
江井崎はユリカを見つめ「だったら」と食い下がった。
「給料は要らない」
「上手な嘘を吐いた方が良いかと」
ううん、とかぶりを振った江井崎。
「正直に言うけど、この世界から出られればそれで良い。標的を見付ける事が出来ないからこうして情報を集めているし、貴女に協力を求めている。男は元同業者さん、こちらの手の内も知っているだろうし」
厄介だよ、きっと。江井崎はほんの少しだけ……「老婆心」のような感情を滲ませ言った。
「……一つ、伺っても?」
「どうぞ」
「どうして、私がキティーナという獣人を追っていると知っていたのですか? 貴女と私は初対面だと思うのですが……第一、私がこの世界に介入している事を知っていましたか?」
答える――ギラリと双眼を煌めかせ、江井崎は語った。
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