第4話

 小川の傍に焚火を起こした二人は、干し肉入りの熱いスープを少しずつ、喉から胃へと流し込んでいた。すっかりと目を赤くしたツキーニも、時折ぎこちない笑みを浮かべる程に感情を取り戻し、ユリィも「笑顔が一番ですよ」とお代わりを注いでやった。


「ツキーニさんの生まれた町って、ここからずーっと北にあるのですね」


「うん、雪が沢山積もって……建物は古いけど、でもとても綺麗なの。ユリィは何処で生まれたの?」


「私ですか? 海沿いの町ですよ、運河があって、夜は街灯がボンヤリと光って……」


「そこで、と出会ったのね」


 ユリィは恥ずかしげに笑った。


「ユリィも大変なのね……好きな人を他の女の人に盗られたなんて……。今でもその人は、ユリィの事を考えているに違い無いわ」


 コクコクと頷くツキーニ。対してユリィは「えぇ……」と力無く返した。


「きっとそうよ、出会ってまだ一日も経っていないけど……ユリィは本当に優しい人だと思う。そしてとっても強いわ、意見をしっかり持っていて……私も、貴女みたいになりたいわ」


「私のように?」


「そうよ、ユリィのようによ。貴女を目指せば、きっと私は素敵な大人になれるわ」


 付け合わせの果物を齧り、ユリィは揺らめく炎を見つめて言った。


「私、この果物大好きなの。ユリィの好きなものは?」


「好きなものですか、そうですねぇ……」


「何でも良いのよ、お肉とか、野菜とか、生き物とか景色とか。好きなものを教え合えば、もっと仲良くなれるって昔聞いたの」


「食べ物は好き嫌いしないのですが……そうですね、好きなものは……『赤ん坊の泣き声』ですかね」


 ツキーニは小首を傾げた。


「どういう事?」


「そのままですよ、泣き声が好きなんです」


 興味深げに覗き込んで来るツキーニに、ユリィは「泣かせる訳じゃありませんよ」と苦笑いした。


「例えば……『お腹空いた』とか、『おしめを替えて』とか、『抱っこして』とか……色々な事を赤ちゃんは泣いて伝えますよね。世の中には泣き声が煩わしいって怒る親もいますけど、私は違いますね。力一杯泣くのは元気の証拠、本当なら……」


 女は無垢な笑顔で言った。


「『元気に育ってくれてありがとう』と、抱き締めてあげなくちゃ」


「ユリィは子供が欲しいの?」


「えぇ、勿論。……これは余り他人に打ち明けた事が無いんですが、実は私、本当の両親を知らないんですよ」


 ツキーニは数瞬固まり、「私もそうなのよ」と彼女の手を取った。


「ユリィと一緒ね。私もお父さんお母さんの記憶が無いの。町の人に聞いたら事故か何かで死んだらしくて……」


「まぁ、そうなのですか……でも、私よりはまだ幸せですよ」


「どうして?」


「……私を生んだ母親は、生まれたばかりの私を施設に預けて……蒸発しちゃったんですよ。父親なんて影も形も……。きっと両親は、私を育てるお金も気力も無かったのでしょうね」


 ユリィはスープを飲み、小さく溜息を吐いた。


「この話は私が高校生……いえ、一六歳になった頃に聞いたのですが、流石に堪えましたね。育ての両親は優しくしてくれましたが、それでも私は血を分けた子供を捨てるなんて……考えられないんです」


 パチパチと燃え盛る木が爆ぜた。


「その話を聞いた後……私は決めたんです。『子供が生まれたら、絶対に手放さない。血を流してでも育てるんだ』って。だから……泣いている赤ちゃんをあやす母親を見掛けたら、本当に――」


 羨ましいなって、思うんですよ。


 ユリィの声色が沈んだものになり……ツキーニは「大丈夫よ」と声を張り上げた。


「絶対に大丈夫! ユリィは必ず好きな人と一緒になれるし、可愛い子供も生まれるわ! ねぇユリィ、子供が生まれたら、私にも抱かせてね」


「……はい、約束しますよ。ありがとうございます、ツキーニさん。こんなに自分の事を話したのはいつぶりでしょうか」


「私だってそうよ、私達、親友になれるわね」


 ユリィは頷き、「ですね」と呟いた。

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