Yurika

文子夕夏

異常恋情

第1話

「あ、これ美味しそう。一つ、頂きますね」


 金色の豪奢な皿に載った果実を手に取り、阿桑田あくわだユリカは小さな口に放り込んだ。


 噛む程に甘味と爽やかな香りが感じられるそれは、エゴロと呼ばれる高級品であった。


「うぅーん、美味しいっ」


 唇を濡らす果汁を、器用に舌で舐め取ったユリカは、続いて別の果実を食べた。


「あぁ、こんなに食べたら駄目ですよねぇ……太っちゃいますもの。ねぇ、はどう思います? 最近少し痩せたのだけど……」


 艶やかな黒髪を撫でながら、その場でクルリと回ってみせた。


 感想を求められた男は――モゴモゴと何かを猿ぐつわの奥で叫んでいた。手足は縛られ、醜い芋虫のように床を蠢いている。


「何も仰らないのかしら……あぁ、私、実はハッキリとした物言いが好きでして……自分の意見が無い人って、魅力的じゃないなぁ……って……」


 パン、と乾いた音が響いた。男は目を見開き、グゥグゥと何かを叫んだ。


 男の右太股に赤黒い穴が空き、そこから滲むように血液が流れ出ている。ユリカは右手に持つ拳銃の銃口を、軽く吹いた。


 縛られた男は今、彼女による銃撃を受けたのだった。


「今更な事ではありますが……貴方、で随分と楽しく過ごされたようですね?」


 ユリカは辺りを見渡した。赤絨毯が敷き詰められ、贅沢な調度品で溢れかえる男の部屋は――。


 射殺された女性が、ゴミのように各所で転がっていた。


「この方など……水着よりも嫌らしいです。貧相な身体なのに……えいっ」


 カチリと引き金を引くユリカ。続いて軽やかな銃声が響き、新たな穴が死体に生まれた。


「あぁ……やっぱり白い服は駄目ですね。汚れが目立ちますもの……じゃあ、そろそろ終わりにしましょうか?」


 男は扉の方へと、尺取り虫を真似たような動きで這って行き、彼女の凶弾から逃げようとしたらしい。


 ユリカは「外ですかぁ?」と小首を傾げ、彼よりも早く扉に手を掛けた。


「どうぞ。ご覧くださいませ」


 開かれた扉の向こうには、男の世話を引き受けていたメイド達が――。


「邪魔をされるんですもの。仕方の無い事でした……」


 目隠しを施され、手を後ろに縛られている彼女達は、全員が脳天を撃ち抜かれていた。中には恐怖の余りか、失禁して床を濡らす者もいた。


 男は沈黙し……ビクリと身体を震わせた。


「……あら、いけない!」


 ユリカは猿ぐつわが緩んでいた事に気付き、すぐにそれを解く。口からはダラリと血が流れた。


 全てを失った男が取った行動――それは自殺であった。唯一、ユリカに対して行える反逆であったが……。


「うーんと……あ、良かったぁ! まだ生きていてくれたのですねぇ」


 安堵の溜息を吐いたユリカは、男のこめかみに銃口を当てると、「よいしょ」と引き金を引いた。


 発砲と共に男の頭は粉砕され、ユリカは自らの手で「狩猟」を完了させたのである。


「あー良かった……自分でやらないと、お給料減っちゃいますものねぇ」


 横たわるメイドのエプロンを剥ぎ取り、ユリカは汚れた銃身を磨き始めた。


《狩猟対象の絶命を確認、自世界への帰還を開始せよ》


 何処からともなく、脳内に響く音声。ユリカはこの「節目毎に聞こえる」音声をアナウンスと呼んでいた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいませんか……まだ拭けていないのにぃ」


 頬を膨らませたユリカは、不満げに目を閉じた。




 一分後……彼女が目を開けた時、粗末な小屋の中にいた。


 返り血を受けて汚れた白い外套は、彼女が小屋を訪れた際に着ていた黒いブラウス、フレアスカートに替わっていた。


 小屋は男の暮らしていた邸宅とは打って変わり、カビ臭く埃だらけであった。


 真ん中に置かれたテーブルの上、ユリカの興味はそこに集中する。


 分厚い茶封筒が息を潜め、帰還したユリカを見つめているようだった。


 彼女はすぐに手に取り、慣れた手付きで中を検めていく。


「……うん……うん……うん……ええぇ! これだけなのですかぁ……」


 ユリカはムスッとした表情で小屋を出る。駐めて置いた自転車に跨がり、溜息と共に近所の肉屋へと向かう。


「はぁーあ……今日はお家で焼肉でもしましょうかねぇ……」


 茶封筒の中身が期待する額と釣り合わない場合、彼女は焼肉を食べるのを恒例としていた。


 肉屋の店主は彼女を見るなり、大きく手を振る。阿桑田ユリカは常連であった。

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