第58話 真白とデートその5 今までの気持ち
「ふわぁ……映画楽しかったですね。わたし、感動しました……」
「そ、そうだな……」
なんて、曖昧と自信無さげに返す蓮だがそれは仕方がないこと。真白に密着されただけでなく、肩に頭を置かれた状態で映画に集中出来るはずもない。
(も、もしかして……わざとこんなことして、俺を映画に集中させないようにしてたのか? いや、それは真白の性格からしてあり得ないよな……)
何故、あんな行動を起こしたのか蓮にはさっぱりだった。
現在の時刻は16時30分を回っていた。映画を見終わった後にフードコートに戻って軽い食事をした後にゲームセンターに足を運んで今日一日を楽しんだ。
そんな二人はバス停に居た。それはつまり、今から帰宅することを指している。
高校生がこの時間に帰るのは早いだろう。しかし、真白は明日からアイドルの仕事が入っているのだ。仕事に影響を及ぼさない為にも、長い時間遊ぶわけには行かないのである。
「もう、終わりなんですね……」
「早かったな、ほんと。楽しい時間はあっという間だ」
「うん……」
バス停でバスを待つ中、真白に元気がなかった。それはこの時間が終わってしまうからだ。
買い物とは言えど、見方を変えればこれは真白の初デートだ。その初デートが終わるというのは辛いものがある。
「なんか元気がないように感じるんだが……疲れたか?」
「そ、そうじゃないです……。ただ、せんぱいともっと遊びたかったです……」
真白は俯きながら、そんな本音を漏らした。
「わたしが明日も休みなら、まだせんぱいと遊べたのに……」
「嬉しい言葉をありがとな」
「じゃあ……せ、せんぱい。少しだけ、少しだけ寄り道しませんか……?」
まるで蓮の返答を狙ってたかのような真白の返しに、思わず突っ込んだ。
「おいおい、『じゃあ』って言葉の後にそれはないだろ。思惑がバレバレだ」
「せんぱい、いじわるです……」
「意地悪もなにもないだろ」
「いじわるです……」
「……拗ねても無駄だ」
口を小さく尖らせて可愛らしく視線を逸らす真白に、蓮は凛とした態度を貫く。
「それなら、せんぱいがバスで痴漢してたこと、わたし訴えます……」
「冤罪なんだが、それ」
「だから……お願いです、せんぱい」
真白の目は本気だった……。そして伝わった。真白が引くつもりがないことに。
「はぁ……、わ、分かったよ。少しだけだからな」
「あ、ありがとう……」
そして……バス停にバスが到着し、バスに乗った二人は4つ手前バス停で降りた。
「……こんな場所に降りてどこに行くんだ?」
「わ、わたしがよく来るところです」
真白に先導されて、蓮は細道にある階段をゆっくりと登っていく。ここからどこに辿り着くのか想像も出来ない。
レンガ造りの階段を登ること数分……真白は最終段を登って足を止め、
「ここです、せんぱい……」
「うわ、すげぇな……」
真白が案内した場所は街全体が一望出来る展望台のようなところで、夕日に照らされた街は、視線を離すことが出来ないほど幻想的だった。
「ここは……わたしが小さい頃に見つけて、秘密にしてる場所なんです」
「良いのか? そんな貴重な場所を教えて」
「うん」
真白は首を縦に振り、落下防止の柵に手をかけてその景色を近くで眺めていた。
「……ほんと、綺麗だな」
「うん……」
蓮は真白の隣に並んでその景色を一緒に観望する。
「せんぱい、今日は本当にありがとうございました……。わたしのワガママも聞いてくれて……」
「……正直、俺も真白と別れたくなかったし気にしなくていいぞ。お互い様だ」
「せんぱい……」
「そうそう、テスト勉強はしっかりな。今日合わせたら残り4日しかないぞ?」
「い、今まで忘れてたのに……せんぱいは酷いです」
蓮は意地悪を言ったつもりはない。真白のスケジュール状態を知ってるからこそ、あえて現実を突きつけているのだ。
「……真白に補習を受けて欲しくないんだよ。ただでさえ仕事で忙しいのに、補習なんて加わったら真白の身体が持たないだろ」
「心配、してくれてるんですか?」
「ダメか?」
「ううん、そんなことないです……」
その問いに腰まで下ろした髪を揺らしながら真白は首を横に振った。
「…………」
「…………」
そして、二人はずっと夕焼けに染まった街並みを見続ける。この無言の時間は決して気まずいものではなかった。
心地良いよそ風が吹き、時が少しづつ進んでいく。
「せんぱい……身体ごと左を見てください」
「左……?」
真白は無言を破り、唐突にそんな言葉を投げ掛けてきた。真白の言う通りに身体ごと左に向けた瞬間だった。
『ギュッ』
「んっ!?」
綿のような柔らかい感触……。背中に当たる暖かな吐息……。背中から腹部に回される白く細い腕。
ーー真白が背後から抱きついてきたのだ!
「せんぱい、わたし……もう我慢出来ません……」
そして……蓮の背中に顔を埋めながらさらに力を込めてくる。
「せんぱい、せんぱい……」
「お、おいおい。落ち着け……真白」
「わ、わたしは落ち着いてます……。す、好きで……せんぱいにこうしてるんです……」
「な、何言ってんだよ。これが落ち着いてるわけが無いだろ!?」
付き合ってもいない関係でのハグ。手を繋ぐだけならまだしも、この行為は流石に度が過ぎている。
「な、なんでこれでも気付かないんですかぁ……。は、早く気付いてよ……気付いてくださいよ……」
「……」
真白の声は震えていた。か細く震えていた。要領の得ない言葉をいきなり……。
「わたし、せんぱいにしか、こんなことしないんですから……。誰にでも、こんなことしないんですから……」
「……」
まるで、今までの思いを伝えるように真白は回した腕に力を入れている……。『もう離さない……』と行動で訴えるかのように。
「ずっと、ずっと我慢してた……。もう、でも……抑えられないよ……。わたしはせんぱいと、今日みたいな日をずっと過ごしたいよ……」
背中が湿り、真白の小さな嗚咽が聞こえる。蓮の背中で真白は泣いてるのだ。
「せんぱいはひどいよ……。なにも分かってないんだもん……」
「す、すまん。分からない……」
状況が何も分からない中、蓮が言えたのはこの一言だけだった。
「ずるいよ、卑怯だよ……。そんなのずるいよ……わたし、こんなに頑張ってるのに……」
真白の心の歯車は回り続ける。そして、溢れに溢れた気持ちはとうとう……絶頂を迎える。
「……わたしは……せんぱいが好きだから、好きだから……こんなことをするんです……。せんぱいが、大好きなんです……っ。ずっと、ずっと、せんぱいが大好きだったんですから……っ!」
真白は言った。伝えたのだ。
今までの気持ちを……告白という形で……。
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