第57話 真白とデートその4アイスと映画館
「はぁ……美味しいです」
「やっぱり市販で売ってあるやつと、味の濃さが全然違うんだな」
アイスを買った蓮と真白はフードコートに移動し、空いた席に腰を下ろしていた。
「ここのお店は、ネットでも取り上げられた凄いお店なんですよ?」
「この味なら納得だな」
えへへ、と嬉しそうに語る真白はアイスを頬張りながら幸せそうな表情を浮かべている。
「……あ、あの、せんぱいに一つ聞いても良いですか……?」
「改まってどうした?」
真白はストロベリーのアイスを口に運んで、上目遣いで質問を促してくる。
「い、今言うのも遅いんですけど……せ、せんぱいは今日わたしと一緒に遊んで良かったんですか?」
「どう言う意味だ?」
「も、もしせんぱいに好きな人がいたら……そのお相手さんに勘違いさせてしまいますから……」
今回の買い物は可憐が半ば強引に仕掛けてくれたものだ。もし、蓮に好きな人がいた場合……今日の出来事は確実に誤解を招くものになる。
真白はどこかで感じていたのだ……。“スキンシップが抑えられなくなっている”自分に。
「それは……気にしないで良い」
蓮が気になっている相手はただ一人、『モカ』である。モカの正体である真白とこうして遊びに来ているのだから何も問題はない。
「そ、それは、せんぱいに好きな人がいない……ってこと、ですか?」
「そうとは……限らない」
「そ、それってーー」
「ま、真白の方は大丈夫なのか?」
「わ、わたし……?」
蓮はこの件を追求をされる前に、真白にそんな言葉を投げかけた。蓮からすれば、この話題をどうしても真白に聞きたかったことでもある。
ーー好きな人は誰なのか……気になっている人は誰なのか……と、互いに探り合いをしていたのだ。
「少し前に言ってただろ? 真白はVR内に好きな人がいるって。だから、俺なんかとこうして出掛けてて良いのかって。もちろん、その相手にはバレることはないが、気持ち的になんかある……んじゃないか?」
これは蓮がずっと気になっていたこと。真白であり、モカの意中の相手は誰なのか……。そんな気持ちを持った中、二人っきりで遊んで大丈夫なのか……と。
「へ、平気です……。だって、レオくんがせんぱいなんですから……」
真白の発した声は最後まで蓮に聞こえることはなかった。
「ん? 最後なんか言ったか?」
「な、なんでもないですっ! ーーんっ、冷たっ!」
恥ずかしさと動揺を隠すように、真白はアイスを頬張った。
「ハハハッ、そっか……。ゆっくり食べないと腹壊すぞ?」
その返事を聞いて蓮の気持ちは少しだけ落ち着いていた。あの問いに対して『平気です』と真白は答えてくれたからだ。
互いの気になっている相手、好きな相手は分かることはない。しかし……今はそれで良かった。
「せんぱいのせいです……。せんぱいがこうさせたです……」
「なんだよそれ。って、こんな会話もVRにしてた時とそっくりだな」
「な、なんだか、不思議な感じがしますね……」
そんな会話をする中、真白の視線が蓮のアイスに向けられていることに気付く。
「も、もしかして欲しいのか?」
「……せ、せんぱいのアイスも美味しそうです」
「あの店のアイスを二種類選べたのに、真白は同じ種類を頼んでたよな」
「だ、だって……コレも美味しいんですよ?」
真白はストロベリーのアイスをもう一口食べながら、可愛らしげに首を傾げる。
美味しいアイスにだって飽きは来る。真白は別の種類のアイスも食べたくなったのだろう。
「それじゃあ、交換するか?」
「い、良いんですか……?」
「ダメな理由なんてないだろ……ほら、先に取って良いぞ」
そうして、蓮はアイスの入ったカップを真白に差し出す。
「あ、ありがとうです。では、いただきま……ぁ」
「どうした、固まって」
「あわわわわ……」
真白は気付いてしまった。
(せ、せんぱいと間接キス……。か、間接キス……だ)
瞬間、顔が焼けそうなほどの熱を帯びる。
「も、もしかしてバニラが嫌いか? それならこの下にチョコもあるぞ」
「んん〜〜っ!」
ここで心の整理……時間を掛ければ、『おかしな子』と思われてしまう。
そう思われない為に、勢いのままに蓮のバニラアイスをすくって食べた。
そして、口に広がる冷たい感覚。その次に甘みが来るはずだが……
(あ、味がなにも分からないよ……っ)
間接キス……その四文字が脳いっぱいに埋まり、真白の味覚は完全に奪われていた。
「それじゃあ、俺も真白のアイスを貰うな」
蓮は何も気にすることなく、はたまた間接キスなど気付くわけもなく、真白のアイスをすくって口に含む。
「……ん、ストロベリーも美味しいな。真白が同じ種類を頼むだけはある」
(せ、せんぱいがわたしのアイスを……っ!?)
真白の視線は蓮がすくい取ったアイスに釘付けだった。
……好きな相手との間接キス。自分だけではなく、お互いにした間接キス。
それが真白には嬉しかった。……嬉しかったのだ。
「どうした? また顔が赤くなってるようだが……」
「し、照明のせいです……っ!」
「証明は赤くない気がするんだが……あ、口元にアイス付いてる」
「ふぇ……!?」
真白の口元にはバニラアイスが小さく残っていた。……間接キスに気付き、気持ちが昂ぶっていたのなら仕方がないことだ。
変な声を漏らして、裾でアイスを拭こうとする真白の腕を掴んで、蓮は距離を詰める。
「裾が汚れるだろ? ほら……少しじっとしてろ」
「……ぅぅぅ〜〜っ!」
蓮はポケットからハンカチを取り出して、真白の口元をポンポンと拭く。それは、妹の楓が口元に汚れを付けていた時にしていた癖でもあった。
「よし、これで大丈夫」
「わ、わたしが大丈夫じゃないよぅ……。せんぱいだけズルいよ……っ」
「何を言ってるんだよ。って、映画の上映時間まで残り20分か……。そろそろ食べ終わらせないとな」
ハンカチをポケットに戻して腕時計に目を通す蓮は、そのままバニラアイスを口に入れる。
「ひ、冷やさなきゃ……頭を冷やさなきゃ……って、ここせんぱいが食べた場所だったあ……!」
「え?」
「な、ななななんでもないですからっ!」
アイスを食べて頭を冷やそうと真白だったが、その願いは叶わなかった。
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アイスを食べ終わった二人は映画上映会場に来ていた。予定していたのは数週間前に上映が開始された恋愛映画だった。
「すみません、9番のチケットを二枚ください」
蓮はチケット売り場の女性スタッフに話しかける。
「9番のチケットですね。カップルシートの方が空いてますので、そちらで宜しいでしょうか?」
真白にチラッと視線を送ったスタッフは、そんな言葉を発す。
「カップル? いや、通常席で大丈夫です」
蓮と真白は付き合っていない。だからこそ、通常席を指定した蓮だが……、
「(それで良いの?)」
『フルフル』
スタッフの意味深な視線に真白は首を左右に振る。
二人でそんなアイコンタクトが取られているなんて知る由もない蓮は、正面を見続けている。
「……値段は変わりませんので、カップルシートで宜しいでしょうか?」
「ん? いえ、通常の席……」
「カップルシートで宜しいですね?」
「だから
「宜しいですよね」
「は、はい……」
ニコッと微笑むスタッフだが、その目は笑ってはいない。そんな謎の圧力に蓮は了承する他なかった。
そして、二人分の代金を払った後にチケットを貰えるまで待機する。
「(良かったわね。アタシにはこのくらい手助け出来ないんだけど」
「(あ、ありがとうございます……!)」
「(あと……シートは絶対に汚さないでください。掃除が大変ですから)」
「(そ、そんなことしませんからっ!)」
息の合ったアイコンタクトが真白とスタッフの間で取られ……チケットが発行された。
「こちらがチケットになります。あちらの場所にてお見せください」
チケット売り場のスタッフは、丁寧な指差しでその場所を示す。
「……それと、一つだけ」
「な、なんですか?」
「カップルシートは汚さないでください。掃除が大変ですから」
「ひっ……」
「分かりました。ドリンクをこぼさないように気を付けます」
蓮の返事を聞いたスタッフは意味深な視線を真白に向ける。
「(エッチなのね、
「……っ! せんぱい、早く行きますよっ!」
「うおっ……押すな押すな」
真白は早く立ち去るべく蓮の背中を押して、チケット売り場から距離を置いた。
「初々しい学生ね……。良い後押しが出来たかしら」
二人の後ろ姿を見てそのスタッフは不敵に微笑む。その目は優しさに包まれていた。
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ポップコーンや飲み物を買った二人は、カップルシートに腰を下ろしていた。上映開始日時が日が経っているだけあって、この映画席に座っている客も少なかった。
「映画館に来たのって、何年振りだろうな……」
「……こそこそ」
そんな独り言を漏らす蓮に、真白は気付かれないようにゆっくりと横にずっていく。
「ん、なんか近くないか?」
「カ、カップルシートなんですから……当然です……」
「そ、そうだな……」
蓮は気恥ずかしさを隠すように、映画館の隅々に視線を泳がせる。この時はまだ気付いていなかった。……真白側に空いたスペースが出来ていることに。
そしてーー照明が落とされ、辺りが暗くなったその瞬間だった。
「えいっ……」
「……ッ!?」
何を思ったのか、真白は蓮にその華奢な身体を押し付けてきたのだ。瞬時に横を振り向く蓮だが、真白の横顔は暗闇に晒され見えていない。
「せんぱい……映画、始まりますよ……」
コテっと蓮の肩に頭を倒しながら、真白は小声でそんな言葉を呟いた……。
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