第49話 上手くはいかないっ!?

『ん……、せんぱい。……わたしのお礼、受け取って下さい……』


 視界を閉ざすレオに、真っ赤に染まるモカの顔がゆっくりとレオに向かって近付いていったーーその矢先。


『やっほ〜!』

 なんの前触れもなく大声量が制限ルームを襲いーー

『ひゃっ!?』

『……ッ!』

 驚き慌てたモカのおでこと、レオの額が勢いよくぶつかってしまう。


『痛っ……』

『い、いたたぁ……』

 いきなりの衝撃にレオは頭を抑え、モカは一歩……二歩……と後ずさりして、おでこを両手で抑えながら床にしゃがみ込んだ。


『あ、あれ……? どうして二人して頭を抑えてるの?』

 転移が完全に完了し、カレンの視界に映ったのは二人して頭を抱えている光景だった。


『い、いや……、モカがいきなり頭突きをしてきたんだ……』

『カレンのばかぁ……!!』


『え、なんで頭突き……? って、今モカにバカって言われたんだけど……』

『モカは大丈夫か……? ま、まさかお礼が頭突きだとは思わなかったが……』

『ち、違うんですっ! 頭突きをしようとしたわけじゃないんですっ! カ、カレンの声に驚いてーー』


 両手をバタバタ振りながらどうにか誤解を解こうとするモカ。その小さいおでこは赤く腫れていた。


『そ、それじゃあ、俺に目を瞑らせてた理由はなんだったんだ……?』

『えっ……そ、それは……あ、あの……、言えませんよぅ……』

 キスをしようとしました……。なんて言えるわけもなく、モカは顔をトマトのように赤くして首を数回横に振った。


『目を瞑らせた……。驚いて頭突き……。つまりは至近距離にいた。そしてその反応……。ははぁん、それは流石に大胆すぎるんじゃないかなぁー、モカちん?』

 三つの情報だけで全てを悟ったカレンは、ニヤリとからかいの笑みを浮かべてモカの肩を数回叩く。


『ぅ、これだけは言わないで……カレン……』

『分かってるって、幼馴染特権で黙っててあげる。……でも、なんかごめんね……』

『う、うん……』

 女性からあんなコトをするのにどれほどの勇気が要るのか。同性として痛いほど理解出来たカレンは、真面目な声音で謝った。


『え、ちょっと待てよ……。モカの幼馴染でカレンは俺と同級生……。お、お前が可憐なのか!?』

『どもども蓮。な、なんかお互いの正体を知った後ってなんか不思議な感じだね』


『はぁ。俺の正体を知ってたなら早く教えてくれよ……』

『本当は教えるつもりだったんだけど、ドッキリをしたかったって言うか……』

『全くもってカレンらしい理由だな……』


『えっと、うちの正体に気付いてるってことは、モカの正体がましろんだってことにも気付いてる……んだよね?』

 と、おずおずと確認を取ってくるカレン。


『あ、ああ……。と言ってもさっき気付いたようなもんだが』

『それなら良かった。……いやぁ、まさかVRで関わってたレオっちが、うち達が通ってる学園に転入してくるとはねぇ。これには驚いたよ、ホント』

『うん……。せんぱいが来てくれて良かった……』


『あれ、モカちん。いつも通りに『レオくん』って呼ばないの?』

『せ、せんぱいが良いんだもん……』

『そーれーはー、モカちんの敵を作らせないための牽制かなぁ?』

『そ、そんなことないもんっ!』

 そうして、楽しそうに口論を始めるモカとカレン。仲の良さがしみじみ伝わる光景である。


『……まぁ。それで、お二人さんに聞いときたいんだけど』

『なんだ?』

『ど、どうしたの……?』


『二人はいつ付き合うの?』

 ーー警報が鳴らされることもなく、突然と爆弾が投下された。


『は!?』

『っ!? な、なななななに言ってるのカレンっ!?』

 二人してこんな反応を見せてしまうのは仕方がないだろう。なんの脈略もなく、そんなことを言ってきたのだから。


 ただ……なんの脈略もないなんて思ってない人物が、この中に一人だけ居た。


『……だってさぁ、モカはずっと前からレオっちのことが好ーー』

『ゎぁぁあああーー!!』

 モカはカレンの言葉を遮りるようにして大声を出してカレンに詰め寄った。


『え? 今なんて言ったんだ?』

『な、なんでもないですっ! ねっ、カレン!?』

『そういうことにしてあげるー』

 まるでここまでの流れを予期していたのか、余裕な笑みを見せるカレンはさらなる攻撃を仕掛けてくる。


『それでぇ、話はまだ続くんだけどー、レオっちは学園でうちに話してくれたでしょ? モカの事が気にーー』

『ちょっ!? それは言うな!』

 モカ同様にカレンの言葉を遮るレオ。


 可憐はVRでの『カレン』でもあり、『モカ』の幼馴染なのだ。そんな関わり深い相手に『モカが気になっている』ことを教えてしまっている蓮。


 もっと早くカレンの正体を知ってさえいれば……なんて後悔はもう遅い。


『そんなわけでー、蓮?』

『な、なんだよ……』

 カレンに弱みを握られたレオは、ビクつきながら返事をする。


『週末、三連休の話になるんだけどねぇ。うち、ましろんと買い物に行くのよ。……あ、これは現実世界の話ね』

『それで……?』

『その三連休に全部バイトが入っちゃったから、うちの代わりにましろんの買い物に付き合ってあげてよ』


 可憐はもちろん『嘘』を言っていた。その目的はただ一つ、二人っきりで買い物に行かせたかったからだ。


『それは無理だ』

『えっ、どうして……? 今普通に行く流れだったでしょ』

『それはーー』

 レオは今日起こった出来事を簡潔に話した。……翔先輩に刺激を与えない為に、真白を守るために、現実世界で真白と距離を置くことにも。


『……えっと、つまり翔先輩の目に止まらなければ良いってことだよね?』

『何が言いたんだよ』


『まず1つ。ましろんはアイドルだから、遊びに行く時はちゃんと変装はするよ? その実績は今までにバレたこともないの』

『それでも何が起こるか分からないだろ』


『そ、そうかもしれないけどさぁ……。サッカー部はその三連休に遠征が入ってるんだよ? 翔先輩、サッカー部のエースだから絶対参加だし』

『……』


 その言葉にレオは押し黙った。

 真白と約束した条件は『翔先輩の目に付かないように』だ。

 遠征に行くならバレる可能性もない。それに、真白は変装をするため知り合いにバレる可能性もーー。


 レオはこの時、モカと……真白と一緒に遊びたいという気持ちに襲われていた。


『別に良いじゃん。蓮もましろんも嫌じゃないんでしょ?』

『そ、そうだが……』

『うん……』

 カレンの言葉に、二人は同時に頷いた。


『せ、せんぱい……。わたし、行きたいです……』

『ましろんはこう言ってるけど、蓮はどうなの?』


 カレンは小首を傾げ、モカは瞳を潤ませながらレオを見つめる。


『……わ、分かったよ』

 そんなモカとカレンの視線に負け、レオは週末の買い物を約束するのであった。その中で、嬉しさが混ざっていたことは否定出来なかった。


(ふぅ……これでモカちんがレオっちにキスが出来なかった借りは返せたかな……)

 なんて思うカレンは、肩の重荷が外れた気持ちだった。



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