第37話 放課後の図書室

 蓮は放課後、図書室に向かって歩みを進めていた。その理由は可憐から真白に勉強を教えて欲しいと頼まれたからである。


 だが、本当の目的が『勉強を教える』ことではないのは、蓮には分かっていた。可憐は『協力すること』を行動で真白に示して欲しいのだろう……と。


 そんな考えを持ちながら図書室に着き、ゆっくりと扉を開けるとーーそこには椅子に座って黙々と勉強をしている一人の女子生徒が居た。


 小柄な後ろ姿が印象的で、毛先まで整った茶色の髪をサイドテールに結んでおり、その人物は誰しもが知る人物。


「頑張ってるな、真白」

「…………んんぅ」

 蓮の声に気付くことなく、真白は唸り声を上げながら課題をゆっくりと進めている。


 図書室に入ってきたことに気付かないのは仕方ないのかもしれないが、声をかけられた事にすら気付かないのは、真白が人並み以上に集中している証拠だろう。


 蓮は足音を立てないように、そっと真白の隣の席に腰を下ろす。


「……ここは……こう……で、良いのかな……。ん、でも……」

 それでも、真白は蓮に気付かない。

 真白がしている課題を覗き込んで確認する。その課題は現代文の読み取りだった。


 蓮はそのまま真白が解いている問題文と本題に目を通して、答えを探しだす。


「……この問題からこの答えは……こうで良いのかな……?」

「…………いや、その解答だと部分点が貰えるぐらいじゃないか?」

 ついつい言葉を挟んでみる。


「そ、そんな気がします……」

 蓮の声に反応を示す真白だが、ずっと問題用紙に目を通している。ここまで気付かれることがないのは、なかなか面白いものだ。


 真白がこのように集中しているのだから、取り敢えず蓮もこの問題に向き合ってみる。


「えっと、ここの問題文だと2つの文章を抜き出さないと完答にはならない。1つの文章は抜き出せているから、この抜き出した文章に関連されたもう一文を、本文から探してみてくれ」

「分かりました。……関連された文を……」


 本文に線を引きながら文章を黙読する真白の横顔は、実に真剣だった。


「ゆっくりで大丈夫だからな。急いで読むと文を飛ばしたりするから」

「はい。…………あっ、ここでしょうか……?」


 真白はある一文でシャープペンシルを止めた。


「うん、そこだと思う。あとは一番最初に抜き出した文章と、今抜き出した文章を上手く繋げて解答欄を埋めれば良い」

「んーと。…………で、出来ました」


 解答欄を埋めると、真白は解答文を横にずらして見せてくれる。


「じゃあ、とりあえず答えを見て確認してくれ」

「分かりました」


 課題の隣に置いてある解答集から、真白はその答えを確認しーー

「か、完答です……。7点獲得しました……っ!」


「『部分点だけもらえば良いや〜』なんて考える人もいるが、国語は答えが本文に載ってるんだし、そんな考えはあまり持たない方が良いと思う。コツさえ掴めれば解けるようにもなってくるから」


「あ、ありがとうございます」

「どういたしまして」

「…………え」

 答えに導いてくれる“何者”かが居る。


 ようやくおかしなことに気付いた真白は、首を右に向け、そして左に向けーー

「せ、せんぱいっ!?」

 蓮の存在に気付いた真白は、驚きのあまりに声を上擦らせた。


「どうも。可憐に言われた通りにここにきたんだが、連絡は伝わってるか?」

「は、はいっ。あ、あのっ、さっきは教えてくれてありがとうございます……!」


「そんなかしこまらなくて良い。普段通りにしてくれ」

「う、うん……」


 二人っきりの図書室だからか、真白の緊張感が蓮に伝わってくる。その緊張感をほぐすためにも、もう少し時間を費やす必要があった。


「とりあえず課題を進めようか。話はそこからで良いか?」

「分かりました」


 そうして、再び課題に取り組む真白に、蓮はさっきの通りに勉強を教え、キリが良いところで一旦終了する。


「せんぱい、教えるの上手ですね……」

「まぁ、国語は他と比べて教えやすい方だと俺は思ってる」


 国語、特に今取り組んでいる現代文は本文に答えが載っている。数学などと比べたら教えやすい教科だろう。


「そんなことないですよ、可憐は答えをすぐに教えて『コレ暗記っ!』なんて言うんですから……」

「まぁ、あれだあれ……。可憐なりに頑張ってるんだろうからそこは大目に見てやってくれ」


「せんぱいは、本当に優しいです……ね」

 ふと漏れた真白の小声。


「俺、そんな優しいか?」

「えっ…………聞こえてたんですかっ!?」


 真白からすれば、聞こえさせるつもりもなかったのだろう。口をあわあわさせて狼狽している。


「だって図書室には俺達しかいないし、静かだからな」

「……ぅ、恥ずかしい……。い、今のことは忘れてください……」

「ハハハ、出来るだけ努力する」

 両手で顔を隠す真白に、蓮は笑いながら無理に近いこと言ってみた。


「……せ、せんぱい。このタイミングで言うのはあれですけど……本当にありがとうございます」

「ん、なにが?」


「その……わたしに協力してくれて……」

「気にすんな、気にすんな。真白は先輩の好意に甘えればいいんだよ。……こんな時だけ先輩ズラするのは自分はどうかとは思うけどさ」


「……」

「俺に出来ることがあればなんでも言ってくれ。俺も可憐も、真白を助けたい気持ちでいっぱいなんだから」


 本音を直接伝えた蓮に恥ずかしさはなかった。それは、『助ける』その覚悟が決まっているからであろう。


「う……嬉しい、です……。せんぱい……」

「かなり深刻化してることは知ってる」


「やっぱりせんぱいの耳にも届いてたんですね……。でも、わたしも自分の噂を耳にしてますから、当然といえばそうかもしれないですけど……」

 そこに、真白の笑顔は浮かばなかった。


 普段ならば心配させまいとの笑顔を見せるの真白だが、この様子を見るにかなり追い込まれているのだろう。

 そんな真白を見て蓮の口は自然と動いていた。


「真白が良かったらなんだが、連絡先の交換でもするか……? アイドルだって言っても、ストレスとかいろんな気持ちを吐きたくなるだろ? そんな時、いつでも俺を使って良い。もちろん他に言うつもりもないから」

「せ、せんぱいは、わたしと連絡先を交換してくれるんですか……?」


 自己評価の低い真白はだからこそ、こんな言葉を選ぶのだろう。


「もちろん俺は良いが……」

「じゃあ、お願いします……っ」

 小さく頭を下げた真白は、カバンの中から小さなクマのぬいぐるみが付いたスマホを取り出したのを見て、蓮もポケットからスマホを取り出す。


「ほぅ、可愛いぬいぐるみ付けてるんだな」

 そのぬいぐるみは、つなぎ目が荒い部分がありながらも丁寧に仕上げられていた。それは誰かの手作りだろうか、大事していることが伺えた。


「こ、このぬいぐるみなんですけど、恥ずかしいんですが、名前を付けてます……」

「大事にしてるのは良いことじゃないか。それで、その名前は?」


「……レ、レオくん三号って言うんです」

「レオくん三号……? つまり、他にも一号と二号がいるのか?」


「一号はいなくて、二号ならいます……。二号はわたしの抱き枕なんです……」

 なんてことを伝える真白は、頰を朱色に染めた。


 真白は誰にも言うことが出来ないことがある。VRのプレイヤー、『レオ』を抱き枕の名前にして、毎日抱いて寝ているということを。


「そ、そうか……。まぁ、その『レオ』って名前が気に入ってるのは分かった。その名前、結構良いと思うし」

「で、ですよねっ!」

「ああ」

 表情を明るくする真白に蓮も同意を示す。それはそうだろう、蓮のVRでのプレイヤーネームも『レオ』なのだから。

 そして、真白はそのVRネームから『レオ』を取っている事など、想像出来るはずもない……。


「そ、それじゃあ……交換をお願いします……」

「分かった」

 スマホを操作し、QRコードから真白のデータを読み込んで無事交換を終える。


「あ、ありがとうございます。……あっ、この連絡先はプライベート用なので拡散しないようにしていただけますか……?」

 学生のうちから『プライベート用』のスマホと『仕事用』のスマホを扱うのは、なかなか稀なことだろう。


「もちろん。……って言うか、そんなことは交換する前に言ってほしかったんだが」

「う、うっかりしてました……」


「そこはしっかりしてくれ。可憐が心配するぞ?」

「あはは、確かにそうですね」


 連絡先の交換、そして可憐の話題が出たことで、柔らかな雰囲気が図書室を包む。


「……あ、あのせんぱい……。まだ時間があればなんですけど、もう少し勉強を教えて欲しいです……」

「分かった。今日は時間もあるし遠慮しなくて良いぞ。……っと、その前に少し席を外していいか?」


「はいっ、それまで待ってますね」

「宜しく頼む」

 そうして、蓮は図書室を抜けトイレに向かって行く。

 ーーその帰りだった。あの“先輩”と出会ったのは……。

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