第26話 デートの約束?

『ども〜! お邪魔しまーす!』

『こ、こんばんはです。レオくん』


 部屋ルームでアイテム整理をしている最中、いつものようにモカとカレンが現れた。その二人の表情はいつもより明るく、どこか生き生きしていた。

 なにか良いことでもあったのだろうと、確信を持つレオだが、『モカとカレンを助けた』からだということは予想が出来るはずもない。


『お、こんばんは。今日のログインは遅かったんだな。リアルの用事は済ませてきたのか?』


 ログインが遅いとなれば、現実世界でなにかの用事があったとしか考えるものがない。


『う、うーん……』

『ま、まぁねー。あはは』

 歯切れ悪く返事するモカとカレン。ずっと前からログインをしてて、レオのあとを付けてました。なんて言えるはずもない。


『リアルの用事をサボる二人じゃないと思うんだが……何かトラブル?』

『だ、大丈夫……だよ』

『うちはそこら辺ちゃーんとしてるんで。……モカは違うけど!』


 この話題を追求されたら嘘を付けないモカが第一に怪しまれる。そう思ったカレンは、上手く誘導するよう仕向けた。


『わ、わたしもちゃんとしてるよっ! レ、レオくんの前でそんなこと言わないでっ!』

 その結果、部屋に入ってきてすぐに口論が始まる。これは、モカとカレンにとって日常茶飯事なものでレオも気にした様子はない。簡単に言うならじゃれあいみたいなものだ。


『安心していいぞモカ。カレンよりモカの方がしっかりしてるイメージがある』

『あちゃ〜、レオっちにはそう思われてるのかぁ。うちこう見えてもしっかりしてる方なんだけど』


『俺の見立てでは、カレンは人から言われて課題を済ますタイプで、モカは人から言われる前に課題を済ますタイプだと思ってる』

『……ちょっとレオっち、それを言い当てるのは流石に怖いんだけど。実はどっかからうちのことを見てるんじゃないのさ?』


『……それは犯罪だろ。俺にそんなことをする度胸はないし、する気もない』

『そうだよね、レオくんがそんなことするはずがないもん』

『うちが言っておいてなんだけど、確かにそうだねぇ』


『ん? ……モカとカレンから見て、俺はそんなに良い人なのか?』

犯罪をする気は無い。その言葉に相槌を打つモカとカレン。少しくらいは驚きの声を上げられるかとレオは思っていたのだ。


『レ、レオくんは、優しい人、ですよ? と、とっても……』

『異議なし。ちゃんと信頼してるからこそ、うち達は異性の部屋に入室してるのよ? 入室する相手はちゃーんと選んでるんだから』


『そ、そか……』

 誤魔化すわけでもなく、率直に述べる二人に素っ気ない返事で顔を背けるレオ。


『あ、あれれ、もしかしてレオっち照れてる? 照れてるよね!?』

『レ、レオくんが照れてる……っ!』

『……バ、バカ。まじまじと見るな』


『良いじゃん、良いじゃん。レオっちの照れた顔を見れるのかなりレアだし!』

『う、うん……!』

『なんでそんなに嬉しそうなんだよ……』


 追い討ちを加えるようにレオの顔を覗き込んでくるモカとカレンを押し戻したと同時に、モカとカレンが部屋ルームに入室した瞬間からの疑問をレオはぶつけた。


『コホン。それより、モカとカレンが部屋に入ってきた時から気になっていたんだが……その服装って流行ってんのか?』

『……あ』

『……っ!』


 その問いにモカとカレンは一瞬にして硬直した。二人はようやく気付いた。

 ーー服装を変えてなかったことに。


『その服装、さっき出かけてた時にも見かけたんだよ。流石に偶然ってことはないんだろ?』

『あっ、え、えっと……それは……』

『…………そ、そう! 今、うちとフレンドでこの服装にしよう! みたいな流れになってるのよ!』


 モカが困惑する中、カレンはどうにかこうにか言葉を繋げてフォローする。


『ほぅ、その理由は?』

『う、運営にピンク色のフード付きコートを出してくれ〜っていうアピールで! ほら、うちもそうだけど、現段階で今出ているクエストをコンプリートしてる人ってたくさんいるわけじゃん?』


『そうだな。最近はログインボーナスだけ貰って、俺たちのように会話を楽しむプレイヤーも増えてきてるしな』

『でしょ! だから、新クエスト追加と共に服装も追加されないかなぁ〜って』

『その服装をする目的が、ピンク色のフード付きコートの追加ねぇ……。だが、そんな事でピンク色のフード付きコートが追加されるのか……?』


 熟考するかのように手をあごに当てるレオに、モカとカレンは目を合わせ冷や汗を流す。


『ピンク色のフード付きコートは流石にありえないよっ!』そんなツッコミがモカから視線で訴えられ、カレンは『あは』と苦笑いで答えた。

 レオのあとを付けていたことがバレるかもしれない。なんて不安が襲うモカとカレンを他所に、レオはようやく口を開く。


『まぁ、そのフード付きコートは確かに可愛いが……』

『『え……』』

 相槌を打ちながら納得げな表情を見せるレオに、口をポカンとさせ、声をハモらせるモカとカレン。


『ん? なんだその反応は』

『な、なんでもないよ、レオくん……』

『そ、そうだねぇ〜。はは……』


『ピンク色は流石にないだろ』なんて突っ込みは入れられずに、まさかの可愛い判定にモカとカレンは乾いた笑みが零れた。


『俺もピンク色のフード付きコート追加のアピールに協力したいんだが、黒のフード付きコートに変えたほうが方がいいか?』

『だ、大丈夫だよっ! レオくんは気にしないで!』

『そうそう、これはうち達の挑戦でもあるんだから!』


 この情報は全て『嘘』なのだ。レオを巻き込むわけにはいかない。


『あっ! じゃあさ、その代わり一つだけ聞きたいことがあるんだけど』

『なんだカレン?』


『さっき出かけてたって言ってたけど、どこに行ってたの? うちと同じ服を着てたってことは、うちのフレンドだと思うんだけど、うちのフレンドはほとんど女性だから、行くとこもショッピングルームとかに限定されると思うんだよねー』

『……っ』


 モカは動揺を無理やり殺し、カレンは攻めた。そう、カレンとモカはレオが『デート』していたことを知っている。だからこそ、攻めなければそれ以上の情報を得る事が出来ないのだ。


『ああ、正解だ。知り合いの買い物に付き添っただけで特に何も、、、、なかったけど』

『むぅ……』

『へぇ……』


『なんだその目は。嘘付いたりはしてないぞ』

 モカとカレンから身体を貫通しそうなほどのジトッとした視線を受け、嘘を言っていないレオは堂々と答える。


『じゃあ、レオっちは買い物に誘われれば付き添いしてくれるって解釈で良いんだよね?』

『ああ』


『それじゃあ、今度モカの買い物にも付き合ってあげてよ』

『ぽぇっ!?』

『ん? モカの買い物に?』

 突然と言われるカレンの提案に首を傾げて聞き返す。


『そうそう。今は新クエストも出てないし、レオっちも暇でしょ?』

『カ、カカカカレンはなにを言ってるのっ!?』

『モカは黙って聞いていなさい』

『は、はいっ!?』

 カレンの命令に、ビクッとさせながらモカは口を固く閉じた。


『それはカレンが行けば良いんじゃないか? 俺より、幼馴染のカレンの方がモカの好みとか把握してるはずだろ? 誤解を招かないように、モカとの買い物が嫌なわけじゃないことは言っとくが』

『うん。レオっちの言い分も真っ当なんだけど、実際うちはあんまりアクセサリーとかに興味はないし、その点に関してはモカの好みが分からないのよ』


『あー、なるほど』

『それに、モカ一人に行かせると絶対変な男に絡まれるだろうし……。うちが付き添っても絡まれる可能性があるし』


『それは間違いないな』

 レオは今日、二人の女性プレイヤーが絡まれた現場を目撃している。『それはない!』と断言することは出来ない。もちろん、カレンはそのことを見越して言ったわけである。


『だからレオっちに頼んだのよ。レオっちならモカのボディーガードとしても役に立つと思うし、男の意見も聞けるからさ!』

『んー、協力したいのは山々だが、それだとモカに迷惑がかかるぞ?』

『……え、どゆこと?』


『だって、モカにはVR内に好きな相手が居る。そうだろ?』

 そうして、レオは確認を取るようにモカに流し目を送る。

『……っ、……っっ、うん』

 その瞬間、顔全体が一瞬で赤みを差し……こくん。モカは小さく頷いた。


 誰がどう見てもその想いが誰に向けられているのか分かる反応なのだが、残念ながらレオはこの手の話題には鈍い。


『だから俺がそんな行動を取ったら、モカが好きな相手に勘違いさせることになる』

『ぅ……』

『はぁ……』

 モカからは落胆のオーラが、カレンからは呆れのオーラが伝わってくる。


『レオくんのばか……』

『レオっちのアホたれ』

 そして、モカとカレンから罵声も浴びせられる始末。冗談ではなく本気の声音であった。


『あのねぇ、そこまでくると流石に狙ってやってるでしょ』

『狙う……? なにを狙うんだ?』

『もういい! とにかく! モカの買い物に付き合ってくれるだけでいいの! 分かった?』

『お、おう……』

 話の要領を得ないうちにカレンの勢いに押され、遠慮気味の返事をしてしまう。


『だが、俺たちで勝手決めちゃダメだろ。モカの了承が……』

『大丈夫。だってほら』

 カレンは意図的にモカに視線を移し、レオも視線を向ける。そこにはーー、


『ほわぁ…………っっ』

 瞳をキラッキラさせ、レオを見つめるモカがいた。もしモカに尻尾が付いていたら空を飛べるほど、ブンブン振っているだろう。


『……な、なんとなく分かったが、モカが好きな相手に誤解を招かれても、責任は取れないからな?』

『大丈夫大丈夫。それだけはないから』

『よく断言出来るな……。まぁ、カレンが言うならそうなんだろうが……』


(……モカとレオっちがデートしてるって言う情報が流れれば、他の女性プレイヤーの牽制にもアピールにもなる! 我ながら良きアイデアだ……)

 なんて胸中で呟くカレン。


『それでモカはいつ買い物したいの?』

『あ、明日が……明日が、いいですっ!』

『それまた急だな。まぁ、そんだけショッピングルームに行きたかったってことか……』


『明日はレオっち大丈夫? 一応休日だけど』

『ああ、いつでもログイン出来る』

『じゃ、じゃあ……19時ごろでお願いします……っ』

 モカには現実世界で予定があるのだろう、時間は遅めだった。


『集合場所は広場だからね?』

『ん? なんで広場なんだ? 普通にルームから合流で良いと思うんだが』


『それじゃあ、他の女性にアピー……ルーム作成の時のバグが起こるかもしれないでしょー? だから広場の方! モカ、こんなに楽しみにしてるんだから!』

『確かに、ルームでバグが起きて合流するまでに時間が掛かるのは嫌だしな。……分かった、広場合流で』


 そうして、約束を済ませたレオは、

『よしっと、それじゃあ明日の予定も立てたところで……俺は辞めようかな』

 今日はVRを早めに切り上げる必要があった。妹のカエデとメールの約束を破るわけにはいかなかったからだ。


『部屋は残しといてもいいか?』

『そうしてもらえると助かるかな』

『じゃ、二人ともお疲れ様』


『お、おつかれさまです。あ、明日はお、おおおお願いします』

『緊張しなくていいぞ。明日、楽しもうな』

『う、うんっ!』

『レオっちもお疲れ〜』

『お疲れさん』

 挨拶を済ませたレオは、オフラインボタンを押し部屋から一瞬にして去っていった。


 そうして、この空間に残ったのはモカとカレンの二人だけとなる。


 レオがオフラインになった瞬間、モカはこそこそぉ〜っと、レオが今の今まで座っていたソファーに移動する。


『……相変わらずソレは変わらないんだねぇ。まぁ、レオっちが再び戻ってきたとしても、『お、席替えか』とか言うんだろうけど』

『レオく〜ん、レオくんの席〜♪』

『聞いちゃいないよ、全く』


『はっ……! カレン本当にありがとうっ!』

 妄想の世界から戻ってきたモカは、ソファーから立ち上がる。

 そして、買い物デートの約束をした嬉しさを爆発するようにカレンに抱きついた。


『よかったねぇ、ましろん。この場合はモカじゃなくて、ましろんって言っておくよ』

『うん、うんっ! 本当に本当にありがとうっ!!』


『どういたしまして。レオっちとデートする約束をしたんだから、明日の仕事頑張りなよ? この約束が出来たってことは、あの可愛かった女の子はレオっちの彼女じゃないって証明にもなったんだから』


 レオは勘違いをさせるような行動はしない。それはさっきの会話で明らかになった。

 もし、レオに彼女がいたらこの買い物を断っていただろう。ーーだからこそカレンは自信を持って言えた。


『今までで一番頑張るよっ!』

『いつもそうしなさい!』

 レオが作成した部屋ルームで明日のデート、、、のことについて、話に花を咲かせるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る