第17話 買い物と真白その1

 蓮が琳城学園に転入し、数日が過ぎていた。

 可憐の紹介で真白とも仲良くなることができ、あのファッション誌事件からはクラスにも上手く溶け込めていた。


 そうして、普段通りの生活を続けていたある日。


「はぁ……ようやく帰れるわー。午後の二時間連続数学はやっぱりきちぃ……」

 終礼が終わった瞬間、蓮の右隣に座っている大志は脱力したように机に張り付いた。全身からは生気がだだ漏れているような感じである。


「まぁ、数学は頭を使うし仕方ないけどな」

「蓮みたいにスラスラ問題解けてたら授業も楽しいんだろうけど、なにも解らないオレにとっては地獄だ地獄……。はぁ、今日はパン屋のおばさまに元気を貰いに行かないと……」


「疲れてもそこが変わらないのは大志らしいな……」

「これがオレの生き方なんでねっ……と!」

 そうして大志は勢い良く身体を起こす。少しでも早く会いたいのか帰宅の準備をテキパキと始めている。


「あ、蓮も行くか!? 超包容力のあるおばさまを紹介するぜ!」

 顔を蓮に向けながらも両手はずっと動いたままだ。その器用さを一体どこで身につけたのかのだろうか。


「遠慮しとくよ」

「ちぃー、客を誘ったってことでおばさまの好感度を上げたかったのによー」

「それが本音か。まぁ、誘ってくれたことは感謝してるよ」

「冗談だよ冗談!!」

 ハハハ、と笑い声を上げながら大志はカバンを背負せおった。あの一瞬でもう帰りの支度が終わったようだ。


「全く冗談に聞こえなかったんだが……。次は買い物に行かない日に誘ってくれると助かる」

「そう言えば蓮って一人暮らししてるんだったな。……ほんとすげぇよ」

「慣れてくれば案外いけるもんだぞ? それに、将来のためにも早めに家事とか慣れてた方が良いと思う」

 高校から進学すればほとんどの学生が一人暮らしをすることになるだろう。今のうちに一人暮らしのスキルを身につけておいた方が後々に楽だ。


「確かに……。家事スキルとか身に付けておいた方が絶対おばさまからの印象は良いはずだよな!」

「……結局は将来じゃなくておばさまの方になるんだな」

「って、早く行かないとおばさまのシフトが終わっちまう! そんじゃな、蓮!」

「ああ、車にかれないように」

 信号無視をしそうな勢いの大志に軽く注意を促す蓮。


「おばさまに会いに行くんだぜ? 逆にオレが車をいてやるぜ!」

「……い、意味が分からん」

 別れの挨拶にニカッと白い歯を見せサムズアップした大志は煙を巻く速さで教室を後にした。


「さて、俺も買い物に行くか……」

 部活道着に着替えたりするクラスメイトや、自主学習で残っているクラスメイトに挨拶を交わしながら、蓮も買い物に出かけた。



 ======



 蓮が入店したのは大型のスーパーマーケットだ。そのスーパーは学園から数分離れた場所に位置しており、無駄な遠回りもしなくて良い。


 品揃えも豊富で値段も安い。買い物をする際にはいつもこの店にお世話になっていた。


「えっと……ニンジン、タマネギ、じゃがいも、カレー粉。あとは豚肉……」

 買い物カゴに入れた野菜に指をさしながら確認をしていく。


 蓮が今日作る予定の料理はカレーだ。カレーの魅力は数日間保存が出来るところだ。作り方も簡単で人気な料理であり、一人暮らしの蓮にとっては有難い料理の一つだ。


「んーと、これでいいか」

 お肉コーナーに移動した蓮は、お目当ての豚肉を買い物カゴに入れ、レジに向かおうとした矢先ーー

「あ、あの……せんぱい、ですよね?」

 背後から透き通ったような綺麗な声音が蓮を呼び止めた。


「おお。真白か」

 蓮に声をかけて来たのは、同じく買い物をしていた真白だった。


 私服ではなく制服姿に学校でも使っているカバンを持ち歩いていることから、家に帰らずそのままスーパーに立ち寄ったのだろう。


 一つ違うところを上げたら、変装をしているためか丸ぶちのメガネを掛けていることだ。それでも、真白の端正な顔立ちはあまり隠せていなかった。


「真白も買い物か」

「はいっ、あとは鳥のひき肉を買えば今日のお買い物は終了です」

 学園でも話す仲になったのは可憐のおかげだろう。こうして、友達と買い物を共にする経験も新鮮である。


 そんな真白は鳥のひき肉を手に取って買い物カゴに入れた。


「えーと……今日の晩飯はカレーか?」

 真白の買い物カゴの中を見て、蓮は料理名を言う。

「よ、良く分かりましたね。んー……せんぱいは……え、せんぱいもカレーですか?」


 料理に慣れてくると、買い物カゴに入っている食材だけである程度の料理を予想することが出来る。

 カレーは当てやすい料理でもあり、蓮の買い物カゴにはカレーの代表的な野菜と、カレーには絶対であるカレー粉が入っている。


 料理をかじっていなくとも当てることは出来るだろう。


「正解。まさか夕飯が同じになるとはなぁ。真白の家だとカレーに鳥のひき肉を入れるんだな」

「はい、鳥のひき肉はヘルシーなんですっ。でも、男の人がお買い物って珍しいですね。せんぱいもお母さんのお手伝いですか?」


「そういや、真白には言ってなかったな。俺、一人暮らしをしてるんだよ。親と妹は海外」

「ひ、一人暮らしですかっ!? それは色々と大変じゃ……」


「まぁ、慣れてくればそうでもないぞ。そんな真白は親の手伝いか?」

「わ、わたしは母子家庭なので少しでもお母さんを助けたくて……。お母さん、身体が弱いのに毎日お仕事を頑張ってくれていますから、このくらいはわたしがやらないとなんです」


 母子家庭の辛さ、親の身体が弱いのに働いている。そんな心境は蓮が共感出来るものではない。何故なら、その立場になって初めて理解出来るものだからだ。

 その辛さを感じさせないように真白は違和感のないいつも通りの笑顔を作った。


「偉いな、真白は」

「えっ……?」

「お母さんを支えようとか、お母さんのために頑張りたいとか。俺が真白の歳の頃は遊ぶことしか考えてなかったからなぁ」


 もちろん、両親が忙しかったため家事は手伝っていた蓮だが、所詮はその程度で満足していた。

 家庭の環境もあるだろうが、仕事をしながら勉強にも取り組み家事もする。真白は親のことを考えて行動している。それは誰にでも出来ることではない。


「偉いよ、ほんと」

「そ、そんなことないですよっ!」


「謙遜しなくて良いのに」

「わたしなんて本当にまだまだですよ。勉強にもやっとついて行けてるような感じですから……」

 可憐から真白は勉強が苦手だと聞いたことがある。それでも平均偏差値63の琳城学園に入学出来たのだから、相当な努力をしたのだろう。


「……勉強とか分からない事があれば可憐にでも俺にでも相談しろよ? 真白はストレスとかそんなのを溜め込むタイプだろうし」

 真白はどこか妹の楓に似ているところがある。だからこそ、こんなにも手を貸したくなるのかもしれない。


「……し、失礼なことを言うんですけど……、せ、せんぱいはそうやって沢山の女の子をたらしこんでいったんじゃないですか?」

 真白からジト目を向けられ、負のオーラが発される。


「俺は誑しこんだこともモテたこともないぞ? 堂々と言えるようなことじゃないが」

「う……(レオくんと同じような言い分を……)」

 蓮が言った今のセリフで、真白はあの質問コーナーのことを思い出してしまった。


「う? ああ、重たいならカゴ持つぞ? そのくらいの筋力はあるんだから」

「せんぱいは卑怯ですよ……(レオくんと同じ気遣いをするなんて……)」


「ん? ああ、なるほど。カゴは自分で持ちたい派か? ならカートでも持ってこようか? 少しは楽になると思うぞ」


「だ、大丈夫ですからっ!(……なんで、レオくんと同じような解釈をするの……っ! なんで「う」の一言からカートの話になっちゃうのよ……っ!)」


「遠慮してないか?」

「してないですからっ!(……もぅ、この流れはレオくんとする時と同じだよ……っ。は、早く話を変えなきゃ……)」

 頭をフル回転させ、なにも影響のない話題を探そうとした真白を他所に蓮は先に口を開く。


「……ああそう、可憐は一緒じゃないのか? 可憐に聞いたぞ、いつも一緒に登下校してるって」

「あっ……。か、可憐は今日バイトなんです。可憐は登下校だけじゃなくて、いつもわたしの買い物に付き合ってくれるんです」


(な、なんで話を逸らしてくれたんだろう……。え、もしかしてわたしの心情を読んで……。って、それこそレオくんじゃないかあ……)

 ……今のままでは調子が狂わせられっぱなしになる。そう確信した真白はある事を決める。


 VRのレオのように接すれば調子が狂わせられることはない、と。この作戦をすれば大丈夫だと。

 蓮をレオに置き換える、、、、、。そんな罪悪感に包まれながらも、自己防衛のためにやるしかなかったのだ。


「ほぅ。アイツらしいな」

「でも、可憐が買い物に付き合ってくれる理由が『わたしが迷わないように!』なんですよ? ……わたし、そこまで方向音痴酷くないのに、可憐は心配性なんです」


「いいや、十分酷いと思うぞ。俺が可憐だったら同じ選択をする」

「せ、せんぱいまでっ!?」


「だって学園で教室に戻れない学生を初めて見たからな。可憐が心配する気持ちも分かるし、俺だって心配する」

「え、せんぱいも……ですか?」

(……ど、どうしようっ!? って、なんでこんなことを聞いちゃったのっ!? は、早く置き換えを戻さないとわたしがやばい……!)


 ここからどんな切り返しが来るのか、真白には分かっていたのだ。ーー何故ならこの二人は似ているのだから。


当たり前だ、、、、、。心配しないわけないだろ。……もしかして意外だったか?」

「そ、そそそうじゃないんですけど……」

(お、落ち着け……。落ち着け……。相手はせんぱい、レオくんじゃないんだから……)


「初めてリアル、、、で男の人に心配してもらったので……」

「リアル?」

「んあっ、な、なんでもないですっ! わ、わたし先にレジに行って来ますね!」

『リアル』という言葉を聞き返した瞬間、真白は蓮に背を向けてレジに向かって行った。


 それはまるで、今の言葉を聞かれたくなかったかのように、墓穴を掘ったようにも思えた。


『リアル』という言葉に聞き覚えがないわけはない。だからこそ聞き返した蓮だったが、ああして距離を取られては繰り返し聞くことも出来ない。


 謎が生まれながらも真白の後に続き、蓮もレジに向かった。










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