VRMMOで鈍感な主人公に恋するむっつりスケベな彼女は現役JKアイドルだった!? 〜現実世界(リアル)で再会していることに気付いた日〜

夏乃実(旧)濃縮還元ぶどうちゃん

第1話 一途な彼女

『はぁぁ……レオくんいつになったらインしてくれるんだろう……。もうずっと会えてないし、つらいよ……』

 空一面に広がる星々を目にしながらため息をつくモカは、詰まらなさそうに脚を伸ばす。


ここは現実世界ではなくーーVR、仮想世界の中だ。

 VRは仮想世界と略され、主にコンピューターや電子技術を用いて、人間の視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚といった五感を刺激し、あたかも現実かのように体感させたものである。


 このVRゲームにはモンスターが存在し、そのモンスターをみんなで協力して狩ることを目的とした作品で、尚且つコミュニティーも充実したコンセプトを持っている。それだけでなくファッションにも重点を置くことができる。


 悲願にくれるモカの隣で、呆れ混じりの表情をしながら空色の髪に触れるカレンはジト目でこう口にする。


『まーたそれかぁ。レオっちがいない間、モカずっとその調子じゃん。周りのメンバーも心配してるし、そろそろ割り切りなって』

 モカとカレンはリアルの幼馴染関係にあり、何も言わずとも大体のことが分かる程の仲である。

 

 モカの口癖になりつつある『レオくんに会いたい』は何度聞いたのかも覚えてはいない。


『わ、分かってるけど……。でも、どうしようもないんだもん……』

『まあ、モカの気持ちは分からないことはないけどさぁ。ここが仮想世界とはいえ、一目惚れした男には毎日会いたいだろうし、ねぇ?』

『う、うん……』


『レオっちも突然だったもんだ。リアルが忙しくなったからインできなくなる……って。リアルのことを口にしないってのは当たり前だけど、モカとこんなに親しくなったんだから、少しぐらいは教えてくれてもいいんじゃないかなぁーとは思う』


 もしこれが自分の立場だったら……と想像したカレンは素直に同情しつつ、幼馴染らしい一面。……素直に頷くモカに微笑を浮かべる。


『もぅ、レオくんのばか……』

『アハハッ。リアルのアイドルでもあり、このゲームのアイドルでもある女を惚れさせたレオっちが羨ましいなぁ』

 気を紛れさせるように気遣い、からかいを交えたカレンがそう言い終えた瞬間だった。


 数メートル先が突然と光り出し、やがて人の影が……一人の人物が現れた。

 ーー全身白色のフード付きコートに身を纏い、腰には白銀の太刀を腰にさした高身長の男。


 ゲームでのレアアイテムを所有していることは見て分かり、それはこのVR世界で知らぬ者はいないほどの有名人……。それは、モカがずっと待ち望んでいた相手でもある。


『えっと、久しぶり』

『あわわっ!? レ、レオくんっ!?』

『お! 噂をすればじゃん! おひさ〜、レオっち。ちょっとー、日を開けすぎよ』

 レオの視界には驚き慌て薄桜の髪を揺らすモカと、八重歯を見せながらこちらに手を振るカレンがいた。


『すまん……って、俺のことについてなんか話してたのか?』

 VRにログインしたばかりで話の内容がさっぱりなレオは、表情を変えることなく首を傾げる。


『そうだよ〜。 モカがずっとうちに愚痴文句を言ってくるからさー。主にレオっちについて!』

『なぁっ!?』

「何を言ってるのっ!?」モカはそう言いたげな表情で、瞬時に顔をカレンに向ける。


『モカが俺に……? 一ヶ月の間に随分と成長したな。悪口を言うなんてモカらしくないけど』

『か、勘違いしないでねっ、レオくん! 悪口じゃないからっ!』

『モカちん、嘘ついちゃあダメだねぇ』


『う、嘘じゃないっ! 嘘じゃないからっ! ……カレン、それ以上嘘言ったら本気で怒るよ!?』

『怒られちゃうのか〜、それは遠慮したいなぁ』

『相変わらず仲良いな……。流石は幼馴染というべきか』


 そうして久しぶりの再会を果たし、数十分ほどたわいも無い話をした後、カレンはあることを報告する。


『それじゃ、レオっち、モカ。うちは先にゲームやめるね。これからリアルで外食なんで! ふふふ、今日はお寿司なんだぁー!』

 VRの世界でリアルについて語ることは少なからず多い。リアルを語らないということが暗黙のルールでレオは肯定派だが、親しくなった相手とはこうした会話が多くなる。


『久しぶりだってのに辞めるのが早いんだな? 用事なら仕方ないけど』

『いんやぁ、気を利かせたんだよ? いひひ。ねぇ、モカちん?』

『っっ!?』

 そうして含み笑いをし、なにか言いたげな表情をしたカレンは返事をするまでもなく視界から消えていった。


 レオが設定からフレンド欄を覗ければ、オンラインからオフラインと表示され、カレンは既にVRの電源を落としているようだった。


 結果、ここに残ったのはモカとレオの二人だけである。


『な、なんて言うか……二人っきりになったな。この時間も久しぶりだっけ』

『う、うん……っ』

 上ずった返事をしながらチラチラと視線を送るモカ。その頰は薄ピンク色に染まっていた。


『最近の調子はどうだ?』

 不快感を与えない距離を考えて、隣に腰を下ろすレオ。

(まだ近付いていいんだよ……?)

 そんなモカの心の声は当然レオに届くわけもない。また、レオに対し特別な感情を抱いているということも当の本人は察していない。


 だからこそ、モカは少し攻めの姿勢に出た。久しぶりにレオに再会し、抑えきれていないものがあったのだ。


『レオくんが久しぶりにインしてくれたから……もう元気です』

 ーー照れた様子で。


『俺のこと愚痴ってたのに?』

『ほ、本当に悪口なんか言ってないんだからね!?』


『冗談だ。モカが言葉を二回続けて使う時は本当のことだもんな。嘘じゃない、嘘じゃないから、って』

 レオとモカ、そしてカレンの繋がりは短いようで長い。もちろんそれはVR内であり、その人物がどういう性格なのか、リアルで見せる癖などをこのVR世界で知ることも少なくない。


『もぅ、レオくんは意地悪です……』

 少し拗ねたようにピンク色の唇を尖らせたモカは、そっぽを向きながら話題を変える。この態度は決して怒っているわけではない。それは誰にでも分かること。


『そ、それより、レオくんはリアルの方は落ち着いたの……?』

 そしてどこか落ち着かないように身体をそわそわと動かしながら視線を戻すモカ。


『まぁ、VRが出来るぐらいには。これまで通り昼間はリアルの方があるから夜しか出来ないけど』

『じゃあ、これまで通りなんですね。良かったぁ……。わたし、昼間はどうしても出来ないから……』

『そう言えば、モカが昼にVRやってるトコ見たことないな。祝日でも休日でも』

『これでも一応、リアルは忙しいんですよ? 学園、、に、仕事に、お手伝いに……』


『気を許してくれてるのは有難いんだが、この場でリアルについて語んのはあんまりすんじゃないぞ?』

『あっ……』

 リアルを口にしてしまうのは仕方がない。それを分かっていてもレオは注意を促した。

 理由を簡単に上げるなら『心配だから』である。いくら気を許した相手でも、変な目論見を企てている可能性はあるのだから。


 無論、『心配』だと言う本音を伝えるわけではない。


『だけど凄いな。学生なのに仕事に手を付けてるって』

『も、もぅ……わたしのリアルについて掘り返さないで下さいよっ』

『それは悪い……。学生って知って妙な親近感が湧いて』

『えっ!? 親近感ってレオくんも学生さんなんですかっ!?』

 

 椅子に座るモカは目を輝かせるようにして前のめりになりーー端正な顔立ちをぐっとレオに近付けた。


『それはどうかだろうな』

『ガ、ガードが堅いです……』

『ガードが堅いのは誰だって一緒だろ? ここでぺちゃくちゃリアルを話す奴は危機管理がなっちゃいない。カレンがそうだが……』


『そ、それはそうだけど……少しくらい情報を漏らしても良いと思うんです。他のみんなはそうしてます……』

『それはそれ、これはこれだ。まぁ、モカを狙ってるプレイヤーはかなり多いんだからうっかりが出ないようにしろよ。なにかあったら遅いからな』


 モカはこの世界のアイドル的存在であり、それは誰もが知る事実である。

 誰でも構いたくなる、放っとけないような性格に、ウェーブのかかった薄ピンクの艶やかな髪を一つ結びにし、くりっとした大きな淡紫たんしの瞳に端正な容姿。

 それだけでなく、モンスターを狩る実力もかなりのものだ。

 

このVR世界の男女比率は7対3。そんな数少ない女性のうち、こんな実力と容姿を兼ね備えているのだから、誰だって放って置かないだろう。もちろんそれは、モカだけではなくカレンにも同様のことが言える。


『男性からお誘いはあります。でも、そのお誘いに乗ったことはないです』

『勿体ないの。折角のお誘いなんだから受ければ良いのに。ほら、ソロプレイヤーの俺なんかに時間使わなくてさ』

『そ、それはわたしがヤです……』

 太ももに置いた両手をキュッと握りしめ、弱々しく否定の声を漏らすモカ。


『……レオくんだって女性プレイヤーから人気があります……。レオくんもたくさん誘われたりしてるんじゃないですか……?』

『俺はソロだし人気がある方じゃないぞ? 誘われた時は丁重に断る。……ほら、俺のミス一つでパーティーの連携が崩れたりしするのは嫌だし、あまり輪に馴染めないからな。モカが誘いを断るのはなにか理由が?』


『え、えっと……』

 複雑そうな面様を見せるモカに、レオは追求することをやめた。


 このゲームの世界では短気な相手が多いのだ。招待を受けてトラブルに発展したりする事案も多々発生している。

 しかし、モカはそんな理由で招待を断ってるわけではない。

 ただ、レオと一緒に居たいがために皆の招待を断っているのだ。……しかし、その理由にレオが気付くことはないだろう。


『まぁ、断る理由は追求しないけど、親しい相手を作ったりもっとゲームを楽しんだりするなら、誘いは受けてた方が良いぞ?』

『そ、それは……そうですけど……』


『それはアレか? リアルモテてます。っていうアピール的な』

『そういうわけじゃないんです! ……わ、わたしには……その、好きな方が……その……』

 頰を赤らめながらチラッとレオに向けて視線を送るモカ。しかし、レオはその意味深な意図を特に気にしてはいなかった。


『ああ、そっちか。……なんか意外だ』

『えっ? それはどう言う意味ですか……?』

『とりあえず、自慢出来るような格好いい彼氏を作って、やることやるみたいなイメージがあった』

『わたしはそんな軽い女じゃないんですよっ!? ちゃんと貞操概念もしっかりしてるんですから!』

 

 恥ずかしい内容だったのか、顔を真っ赤にしながら大袈裟に否定するモカ。

 モカは好きな相手レオに淫らな誤解はさせたくなかったのだ。レオにマイナスな印象を持って欲しくなかったのだ。


『すまん、冗談だ』

『冗談でも今のは言っちゃだめです!』

『ハハっ。まぁ、心に決めた相手がいるなら俺に時間を使うのも考えた方がいいって。ただでさえリアルが忙しいんだろ?』

『んんぅ……。こ、この鈍感さんめ……』

 細く整った眉を顰め不満そうに唸るモカだが、その声はレオに聞こえていなかった。


『なんだその反応』

『な、なんでもないです!』

『そうか。まあ、心配しなくても良いと思うぞ。モカが本気でアタックかけたなら大抵の男は落とせるだろうし』

『……っ!?』

『もちろん、俺が絡んでみてからの感想だ』


 自分が言われて嬉しい言葉をなんの前触れもなく発言するレオに、目伏せしながらモカは問う。

『そ、それって、レオくんはわたしのことを好印象に思ってる……ってこと、ですか……?』

『そりゃそうだが。好印象に思ってなけりゃこうして絡んだりしないって』

『あ、あり、がと……ですっ』

 言葉を詰まらせながら、頰に紅葉を散らすモカ。


『何故そこで礼を言われるか分からん……。とりあえず今の言葉に嘘偽りはないから』

『う、うんっ。……も、もし今の言葉がウソだったらわたし、レオくんをパンチしてました。もう10回くらい』

『それは物騒だ』


 そうして、二人っきりの中たわいない話を続けること数十分。レオがVRをやめる時間帯になった。


『……それじゃ、俺はこの辺でやめるよ』

『え、もうやめちゃうんですか……?』

 眉尻を下げ、見るからにしょぼんとさせるモカ。


『なんやかんやでもう1時間以上はしてるからな。いつもならまだプレイするんだが、明日が明日だし』

『明日、なにか重要な用事でも……?』

『そんなところ』

 寝不足でリアルに影響を及ぼしては明日が辛くなる。明日はレオにとって大切な日なのだ。


『わ、分かりました。それなら無理強いはしないことにします。そ、その代わり……』

『その代わり?』

『あ、明日もインしてくれますか……?』

『……えっと』

『だ、だめ……ですか……?』

 無言を貫くレオにうっすらと涙をため、遠慮がちに粘るモカ。


『可愛い』なんて口にしまうほどの表情。それでいて少しだけ意地悪がしてみたくなるレオ。しかし、ここで意地悪をしてしまうのはモカが可哀想である。


『……分かったよ、了解した。そんじゃまた明日。モカもちゃんとログインしてくれよ?』

『う、うんっ!』

 約束をした瞬間に、モカは満面な笑みを見せ大きく頷いた。


『そんなに喜ばれると悪い気はしないな……』

『えへへ……』

 満面の笑みで喜びをあらわにするモカに苦笑を浮かべながらレオはオフラインボタンを表示させる。


『それじゃな』

『明日、待ってますねっ!』

レオは小さく頷いた後、オフラインボタンに手を掛けモカの視界から消えていった。


*****


 その後、モカもVRを落とし、頭に付けていたヘッドセットをいつもの棚に戻す。


「はぁぁ……久しぶりにレオくんと会えたなぁ……。い、いきなりでびっくりしたよ……」

 数分前にあった仮想世界での出来事を噛みしめるようにして、モカはベッドに横になり、端にある猫型の抱き枕を引き寄せ優しく抱き締める。


「レオくん……」

 なにも考える事なく、ただただ想い人である男の名を呟くモカ。

 リアルではない、別の世界。ーー仮想世界での相手を好きになるなんて馬鹿馬鹿しいと思われるだろう。


 それはそうだ。このVRMMOは容姿に合わせて、目の色や髪型、髪色などを自由に変更することができ、ゲーム内ということで現実とは別の性格も作ることができるのだから……。


『そんな得体の知れない相手はやめておけ』

 なんて言われてもモカは折れない自信がある。それほどまでにレオに対しての想いが強いのだ。


 ……レオとの出会いはVR内での些細なトラブルからだった。

 モカが一人の男に粘着行為をされたのだ。この世で言うストーカーである。


 モカはVR内でも人気が高く、男性陣女性陣から圧倒的な支持を集める人気者。アイドル的存在だ。

 だが、人気が高まれば高まるほどトラブルの発生率も高くなる。ーーその粘着行為から救ってくれたのがレオだった。


 謝礼を狙っていたわけでもなく、リアルについての情報を狙っていたわけでもない。

 ただ、その事件が解決すれば何事もなく『次からはもっと気を付けたほうがいい』なんて気遣いの言葉をかけて去っていく。


 今までにそんな人物にあったことはなかった。

 モカを助けてくれたプレイヤーはもちろんいる。しかし、それは下心があったり見返りが欲しかったからであった。


 しかし、レオはその手の相手と何もかも違かった。


 今までに出会ったこともないタイプのレオはとても男らしく、その後ろ姿を自然と目で追ってしまうほど。


 チョロい。なんて言葉で片付けられようとも、モカは気にしない。ーー好きになった理由がちゃんとあるのだから。

 

 モカは初めてレオと出会った場面を思い出しながら、ふと脳裏にあることが過る。


「でも、レオくんの用事ってなんだったんだろう……」

 レオはリアルについて全くと言っていいほどに語らない。完璧なる秘密主義者だ。

 リアルについて教えないのはVRとしてのゲームとしての常識でもあるが、リアルについて教える者がいるのもまた事実。教える人が多いのも事実。


 少しくらいは教えてくれても……なんて思ったりもするモカは、抱き枕に顔を沈める。

 モカはレオと距離を縮めたい。そんな願望があった。


「んんーっ、レオくんの用事、知りたい、知りたいよぉ……」

 脚をバタバタとさせながら、悶々とした気持ちを抑える。

 その一方で、明日もVRでレオと会える約束をして心が温まる想いだった。

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