13. 少年と少女
カツーン
小石が転がるような音がした。
暗闇の中で金縛り状態になっていた杏子は、ふと、体が動くようになったことに気がついた。
「誰か、いるんですか?」
少年の声が聞こえて来た。きっと小石を転がしたのは彼なのだろう。
「いるわ! 誰だか知らないけど、ありがとう。おかげで金縛りが解けたわ!」
杏子は早速ポケットからスマホを取り出すと、ライトを声のした方に向けてみた。
ぼうっと淡い光が届いた先に、少年と少女の姿が浮かび上がった。
「スマホはさすがに圏外よね。あたしは椎名杏子。あなたたちは、いつからここにいるの?」
杏子はゆっくりとふたりに近づいていった。
「ぼくは
少年の後ろに隠れるようにして立っている少女に、杏子は一歩近づいた。スマホの明かりを近づけると、少女は怯えたように顔をそむけたが、その顔には見覚えがあった。
「あなた、
「えっ……ほんとう、ですか?」
目を大きく見開いて、理恵は小さな声で聞く。
「ええ、本当よ。ちょっとした手違いで、あたしも閉じ込められちゃったけど、一緒に来た仲間が助けに来てくれるから大丈夫よ」
杏子は安心させるようにそう言うと、理恵の頭をやさしくポンポンと叩いた。
「よくがんばったわね」
理恵がホッとしたような表情を浮かべると、杏子は圭人の方を向く。
「圭人くんだっけ、あなたの家族もきっと心配してるわね。ネットにも、友達が行方不明だって書き込みがあったわ。たぶん圭人くんの友達じゃないかな?」
「ああ……そうかも。でもぼくは、行方不明になった姉をさがしに来たんです」
そう答えた圭人の顔を、杏子はじっくりと見つめた。
「お姉さんって、もしかして二十歳くらいの髪の長い美人じゃない?」
「えっ、姉に会ったんですか?」
「宮司さんの家に、記憶を失くした女の子がいたの。彼女も行方不明者のひとりだと、あたしは思っているんだけど、あなたと顔立ちが似てる気がするの」
里美は優しそうな美人だったし、圭人もよく見ると整った顔立ちをしている。
「きっと、姉だと思います。無事を確認できただけでもよかったです」
圭人はそう言ったけれど、唇をかみしめ、両手をぎゅっと握りしめている姿は、どこか痛々しく見える。
杏子は、そんな圭人の肩をバシッと叩いた。
「圭人くん、あんた若いけど、いっぱしの男じゃない! えらいわ。よく理恵ちゃんを守ってくれたわね」
「いっいえ、そんな」
思いがけない賛辞に、圭人は恥ずかしそうに首を振る。
「ぼくも佐々木さんに助けてもらったから、同じことをしただけです。あの、ここに佐々木さんという大学生がいたんですけど、空気の流れをたどって出口を探しに行ったきり、戻って来ないんです」
「佐々木くんなら脱出したわ。かなりケガをしていて、今は病院にいるけど大丈夫よ」
心配そうな圭人を安心させるため、杏子はあまり詳しい話はしないことにした。
「そうですか、よかった。あの、ここは寒いですから、向うへ行きましょう」
圭人は先に立って歩き出した。暗闇に慣れているのだろう。杏子のスマホの明かりが届かない方へ、どんどん進んでゆく。
「あ、ほんとだ。なんか暖かくなってきた」
「もっと先に行くと、温泉が流れてる川みたいのがあるんですけど、普段は食料が届く場所の近くを離れないようにしています」
「食料が届く場所って、中宮の社の中にあった井戸みたいな所のこと?」
「そうです。中宮の真下で、あっもう着きます」
圭人が手を伸ばした先には、明らかに人の手が入った四角い岩壁があった。天井の岩には小さな穴があり、そこから垂れ下がったロープの先にカゴがついている。
「なるほどねぇ」
杏子が感心しながら見ていると、圭人が近づいて来た。
「あの、ぼくたち、今日の食料を……その、もう食べちゃったんですけど、椎名さん、お腹空いてますか?」
「えっ? ああ、大丈夫よ。一日くらいなら食べなくても問題ないし、リュックに何か入ってるかも知れないわ」
杏子はニッコリと笑ってから、背負っていたリュックを下ろした。このナイロンの黒いリュックは、出かける時に梶原がよこした物だ。
『邪魔だろうけど、持って行ってくれよな』
そう言ってわざわざ杏子に持たせたのだから、何か役立つものでも入っているのだろう。
「何が入ってるのかしら?」
杏子は地面に座り込むと、リュックの中の物をひとつひとつ取り出した。
軍手、小さめの懐中電灯、ロウソク、ライター、万能ナイフ、極細のロープ、スナック菓子、チョコレート、緑茶のペットボトル。
並べていくうちに、これを用意した梶原の顔が思い浮かび、杏子の心には怒りが湧いてきた。
(あんの野郎っ! 守るとか言っといて、最初からあたしをオトリにするつもりだったわね!)
静かに怒りをたぎらせながら、杏子はスマホをしまい、懐中電灯をつけた。
「わぁ、明るい」
理恵が嬉しそうに近づいて来る。
スマホの明かりよりも数倍明るい懐中電灯の光にほっとしたのか、表情もどことなく柔らかくなっている。
「ねぇ、お菓子食べる? 助けが来るとしても今夜は無理だろうから、ゆっくり体力を蓄えておきましょうよ」
杏子が豪快にスナック菓子の袋を破くと、圭人もやって来た。懐中電灯を囲むように座り、三人はスナック菓子を食べはじめた。
「おいしい!」
「うん」
「食料はいつも、おにぎりかパンで、ぼくたち、お菓子を食べるのは久しぶりなんです」
「そっか、よかったわ。全部食べちゃっていいのよ。そうだ、理恵ちゃんはさ、どうして梛神社に来たの?」
杏子が聞くと、理恵はお菓子を食べる手を止めて、しばらく沈黙した。
「あたしは、願いが叶う木があるって聞いて、それで。あたし、みんなみたいに、うまく話せなくて、友達ができなかったから……」
口下手な理恵の一生懸命な言葉に、杏子はうなずいた。
「そっか。それで、ここに閉じ込められた時の事は覚えてる? 神社の人に会った?」
「あの、おじいさんに会いました。お茶をご馳走になったんですけど……」
理恵の声はだんだん小さくなってゆき、困ったように圭人の方を見る。
「たぶん、お茶に何か入っていたんだと思います。ぼくも、姉の写真を持って宮司の家を訪ねたとき、おじいさんに会ってお茶を飲みました。気がついた時には、この洞窟にいました」
「そうなんだ。あたしは会ってないけど、そのおじいさんが宮司の祖父なのね」
「はい」
途切れがちの会話が続く間、圭人と理恵の間に、遠慮がちな視線が行きかっていることに、杏子は気がついた。
暗闇の中で出会ったふたりが、薄明かりの中ではじめて互いの姿を目にしたのだから、気になるのも無理はない。
「いいわね、若いって」
突然意味不明な言葉を発した杏子に、圭人と理恵は不思議そうな顔をする。
「とにかく、無事に太陽の光を浴びるまで、がんばりましょうね!」
杏子はニッコリと笑った。
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