5. 終わり良ければ総て良し


 たくさんのパトカーが、あたりを明るく照らしている。

 そんな一角から離れたところに、杏子と大介は立っていた。


「ギリギリセーフでしたね。河川敷はバイク進入禁止なんですよ。見つかる前に外に出せて良かったですよ」


「はぁ? 人の命がかかってるのに、進入禁止もないでしょ! それより、バイクまで肩かしてよ。足が痛くて歩けないんだから」


「はいはい。体力無いのに、バイクからキックなんかするから」


 大介が体をかがめて杏子に肩を貸そうとしたとき、パトカーの方から梶原と安田がやってきた。


「椎名さん! いやぁ、本当に助かりましたよ。葛西臨海公園の方からも、爆弾を発見したとの連絡がありました。犯人も確保できて、大手柄です。これは、本当に心ばかりのお礼なんですが」


 安田は内ポケットから封筒を取り出して、杏子に渡した。


「ありがと。あたしも事件が解決して嬉しいわ」


 現金の手触りに、杏子はニッコリと笑う。

 そんな杏子を横目で見てから、大介は梶原に目を向けた。


「お代は、カジさんが払うんじゃなかったですか?」

「そういえばそうね。はい」


 杏子は梶原に向かって手を差し出す。


「ヤスが払ったんだから、おれはいいじゃねぇか」


「安田さんのはお礼ですよ。杏子さんは足をくじいてまで頑張ったんですから、カジさんも約束は守ってくださいよ」


「なんだ椎名、ケガしたのか? おれ達が行くまで待ってればよかったのに、なぁ」

「そんなヒマ無かったわよ!」


 杏子は不満げに口をとがらせる。


「よし、おれが安田の車で送ってってやる」


 梶原は杏子をひょいと抱き上げると、そのままスタスタと歩き出した。


「カジさん! それずるいですよ!」


 大介はあわてて梶原の後を追う。

 残された安田は小さくため息をつくと、事件解決の晴れ晴れとした気分のまま、協力者たちの後を追って歩き出した。


☆     ☆


 数日後、アイスクリームを手土産に、美緒が〈さがし屋〉にやって来た。


「杏子さんのおかげで助かりました。本当にありがとうございました」


 アイスクリームと共に差し出された五千円札を、杏子はまた押し戻した。


「だからこれは貰えないって。ご依頼の記憶は見つけられなかったんだもの」


 安田からのお礼に加え、結局のところ梶原からも代金をせしめた杏子は、高校生には優しい言葉をかける。


「いえ、実はすこしだけ思い出したんです。あの人に手をつかまれたとき、前にも同じようなことがあったって。あの人が、爆弾魔だったんですね……」


「うん。まさかバイト先の男の子が双子だったとはね。あたしも全く気づけなかったわよ」


 ソファーの背にぐったりと寄りかかり、杏子はため息をつく。


「仕方ないですよ。顔認証システムだって、まだ双子の見分けは進んでないようですよ」


 アイスコーヒーを運びながら大介がなぐさめると、杏子はジロリと大介をにらみつける。


「ちょっと大介くん、あんた、あたしを機械と一緒にするわけ?」

「いや、そういう訳じゃないですよ。能力には限界があるっていう意味ですって」


 大介があわてて否定する様子を見ながら、美緒がポツリとつぶやいた。


「あたし、警察でいろいろ聞かれて思ったんです。あたしは、病院の爆発現場を見たんじゃないかって。それで、あの爆弾魔の人が、自分の知ってる石崎さんだと勘違いして、それでショックを受けたのかも」


「そっか、確かに卓也くんの方は、優しそうな好青年だったもんね」


 杏子は、石崎のことを思い出してうなずいた。


「双子の兄が爆弾魔だなんて、きっとショックですよね。彼、大学生でしょ? 就職とか厳しいっすよね」


 大介は卓也の今後を心配して言ったのに、また杏子にジロリとにらまれてしまった。


「そうですよね。あたしも石崎さんのことが心配なんです。バイト先の店長さんは、石崎さんにバイトを辞めたりしないでいいからって、話をしたんだそうです。あたしも、もう一度あそこでバイトしようかなって思ってるんです。少しでも、石崎さんの力になりたいから」


 美緒はうつむいたままそう言った。


「そうね。美緒ちゃんが近くにいてくれるのが、卓也くんにとって一番嬉しい事だと思うわ。双子の兄が犯罪者でも、卓也くんは卓也くんだって、みんながちゃんとわかってくれてるって事だもの」

「はい」


 美緒はうなずいて、少しだけ笑った。


「あたし、ずっと考えてたんですけど、杏子さんは、バイト先の男の子が犯人だとは言わなかったですよね。関係してるかもって言ってました。もしかして杏子さんには、他に犯人がいるってわかってたんですか?」


「そういえば、いつもはズバッと言い切るのに、今回は妙に歯切れが悪かったですよね」


 大介も同調する。


「なに言ってるのよ、そんな訳ないじゃない。あたしの力はけっこう穴だらけなんだからさ!」


 杏子はケラケラと笑う。


 屈託なく笑う杏子の顔をながめながら、大介はため息をついた。

 やはり、ここから離れたくない。そう思っている自分を、嫌というほど再確認してしまう。それは、ここの居心地がいいとか、行くところが無いからではなくて、杏子のそばにいたいからだ。


 ものすごくぐうたらな割には、真っ当な正義感を持つ杏子を、そばで支えていたかった。危険を顧みずに動く杏子は、とても危なっかしいから。


(ぼくがいないと、杏子さんは何をするかわからないじゃないか)


 幸い、ここ数日は出ていけと言われてはいないし、足をくじいた杏子には当分手助けが必要だ。


「美緒さんのアイスクリーム、せっかくだから頂きましょう。スプーンを持ってきますね」


 大介はお盆を抱えたまま、足取り軽くキッチンへと消えていった。


               END

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