9話:駄目な魔女=駄魔女
「ではこちらがギルドカードになります、これがあればどこのギルドに行ってもあなた様の身分を証明することができます。それからクエストの受注状況からステータス状況まで様々な機能がありますので、ぜ~ったい無くしては駄目ですからね?」
ヨミさんはそう言ってから出来立てのギルドカードを俺に手渡した。
なるほど、魔法か何かで出来ているのだろう。見た目こそカードだが、パッド端末のように指でスライドするとステータスや自分のスキルなどが見ることができるみたいだ。
ちなみにレベルは……10
最初の街にたどり着くレベルにしては高くないか?
「登録終わったんでしょ?さっさと出るわよ、こんなところ」
アリシアはダルそうに受付近くの席に座り、いつの間にか注文していたベリーストライクを飲んでいる。
ベリーストライクっていうのは赤い炭酸の入った飲み物らしい。
甘味の中に酸味があるさっぱりとした味で、口の中にシュワシュワと強炭酸で仕上げてある、イチゴにレモンを混ぜ合わせさらにソーダを足したようなものだ。
アルコール有りと無しがあるが、さすがに飲酒はしてないだろうな……。
「もう少し待ってくれ、ひとつ受けたいクエストがあるんだ」
「クエスト~?まぁ、いいけど早くしなさいよ……あ、これのおかわりよろしく♪」
アリシアは近くを通った赤毛の給仕係にベリーストライクを頼んだ。
『はーい、喜んで』と愛想のいい表情と声で注文を受けた給仕係はすぐに酒場の方に向かっていく。
そんなやりとりを見ていた他の冒険者たちは信じられないと言わんばかりの表情で俺を見ている。何だ、まだ文句でもあるのだろうか。
「な、なぁお前……」
「ん?」
さっきまで俺に襲い掛かってきた酔っ払いの大男が柱の陰から手招きしていた。
体格がデカすぎて全然隠しきれていないのだが。
俺はめんどくさそうに頭を掻きながら大男の方に行く、よく見ると取り巻きらしき男が二人いる。
「で、何の用?俺はこれからクエストの受注をしたいんだけど?」
「お前……あの、『孤高の魔女』って言われているアリシアの仲間に……パーティに入れてもらったのは本当なのか!?」
「入れてもらったというよりか、俺が仲間としてパーティに入れたって方が正しいのかな?」
「嘘だろ、どうやってあの凶暴な魔女を手なずけたんだよ!?」
手なずけてはいないぞ、断じて。
小声で話かけてくる冒険者たちの表情は驚きと混乱でいっぱいのようだ。
アリシアが昔何かをやらかしたのかは知らないが、彼らの言葉からは相当やばい扱いなのは聞いて分かる。
その内の一人が、ばつが悪そうな顔で俺に言ってきた。
「その、何だ……新入りで恰好もそんな感じだったろ、だからついちょっかいをかけちまったんだ。今更こんなこと言って許してもらえると思わないが、本当にすまない」
「お、俺も!」
「あいつを従わせる程の実力があるなんて思わなかったんだ、この通りだ!だから……アリシアに絡まれた時には助けてくれ!!」
モヒカン頭だったり、髭を生やした男三人が俺に謝りながらすがってくる、気持ち悪いったらありゃしない。
「分かった分かった!気持ち悪いからくっつくな!」
「本当か!本当なんだな!!」
「あぁ、ただし……俺がやられそうだったら、助けてくれ」
「いや、あんたが抑えられないじゃ無理ですって……」
「諦めんなよ!?俺だって死にそうな目にあったんだからな!」
見た目と最初の印象が悪かった大男とその取り巻きは、話せばそこまで悪いやつじゃないようだ。
なんだかんだで俺のことを『ミナト兄貴』と呼ぶことにしたらしい。
どうみても子分は俺達あんた達が上にしか見えないのだが、黙っておくことにした。
*
―――クエストボード―――
ここは一般人からの依頼からギルド公式の依頼まで多種多様のクエストが貼り付けられている、クエストボード。
簡単なものは『薬草を摘んできて来て』や『サクラスライムの討伐』等、優しい物から『陸上戦艦バトル・シップの動向と偵察』『マグマドラゴンの卵を食べたいから火山深くまで採ってきて』等、上級者向けというか廃人向けの任務が並ぶ。
難易度は★1~★10まであるが、ここにあるのは殆どが★1~3の比較的ぬるめのクエストが多い。さすがに中央の街と言えど、冒険を始めたばかりのプレイヤーが受けられるクエストが、いきなりドラゴン討伐ではむざむざ死ににいくようなものだ。
俺はあらくれ三人衆(モヒカン大男&取り巻きーズのこと)と別れると、掲示板に向かう。
その中から目当ての物を探す、たぶん記憶が確かならここにあるはず……あった。
「『愛する人への
俺が掲示板から剥ぎ取ったクエストは、ギルド内にいるオメロという人物が愛してやまない彼女への手紙を届けてほしいという内容のもの。
MMOで全く同じクエストがあり、行った先で仲間が二人加入するというイベント付だ。戦士と武闘家だったかな、前衛タイプの仲間が加わるので戦力増強間違いなし。
先日戦った
「で、オメロさんはどこだどこだ~……っと、みっけ」
ギルドの中で唯一日が当たる席がいくつか存在する。
彼はその中で一番端の席に座っていた。
「僕のクエストを受けてくれるのかい?ありがとう、いつもお願いしている冒険者の人が急用で来れなくってね、どうしようか思ってたよ」
俺が話しかけると、オメロはさわやかな笑顔で迎えてくれた。
茶色の短めの髪、チェック柄のシャツに紺のズボン。
失礼かもしれないが、いかにもNPCキャラっぽい地味な服装だ。
「いえいえ、こちらこそ丁度向かおうと思っていたところなんですよ~」
「そうだったのかい?じゃあ、さっそくだけどこれを彼女……ジュリーに届けてほしいんだ」
オメロは懐から手紙を取り出すと、俺に手渡した。
もらった手紙を大事にポケットにしまうと、アリシアのいる席に向かうことにした。
「あ、すまないもう一ついいかな?」
「はい?」
行こうとするとオメロから呼び止められた。
「ジュリーに帰れるときは連絡をしてほしいと伝えてくれないか?いつも忙しい彼女に少しでも疲れをとってあげたいからね、特別な料理を作って待っていようと思うんだ。」
……はて、こんな追加の話なんてあったかな?
いや、ゲームとは違うんだ。
あくまでも人と話していると思えば普通なことなんだ。
「了解です」
「うん、よろしく頼むよ」
手を振るオメロに別れを告げる。
さてとアリシアはどこだ……いた。けどなんかおかしい。
うまく言えないけど、動きがおかしいような…
「で!『俺の女に……』ですって!いきなり何言ってんのよって感じよね~~」
「あらあら~いいじゃないですか、若いうちにできないことですよ~」
「ヨミだって十分若いわよ~あ、ベリーおかわりぃ~」
アリシアの元に向かうとそこには先ほどとは違う酔っ払いが誕生していた。
それも刺激与えると物理的に大爆発を起こして周囲に迷惑が行くレベルのだ。
受付を同僚と代わってもらったのか、アリシアの話をひたすら聞くという大変な仕事しているヨミさんが次の飲み物を注いでいる……。
「うおぉい!何飲んでんだよ、酒じゃないだろうな!?」
「違いまーす、ジュースでーす」
「ホントか…ってやっぱり酒じゃないか!なに昼間っから酒飲んでんだよ!それよりもお前は未成年だろうがぁ!!」
「はぁ~?散々ッ、人を待たせておいてさぁ~それはないんじゃな~い?」
「うるさい!人に絡んでくるな!それと酒くさい!!」
俺の姿を見るや否や、アリシアは席を立つと千鳥足でこちらに近づいてくる。
案の定というかなんというか……酔っ払い特有の酒のにおいがする。
「お前……何杯飲んだか覚えているか?」
「さぁ~?」
「今注いだ分で10杯目になりますね」
「じゅ!?」
「因みにアルコール入ってます。度数で言えば……15%くらいでしょうか?」
確か元の世界で親父が飲んでた日本酒が同じくらいだったような……結構高くないか?
いやいや、そんなことよりも未成年にお酒飲ませちゃまずいでしょ!
アリシアの飲んでいた杯数をさらっと答えたヨミさんはニコニコ顔でこちらを見ていた。後で注意をしないと今後問題が……。
「あ、ミナトが三人に見える~マジうけるんですけど、あはは~」
「シーッ!静がにしろっての!ヨミさん、すみませんが水を持ってきてくだs」
「うぇーい!」
俺が水を頼もうとするといきなりアリシアが首に手を廻してきた。
以外に強い腕力は昨日で証明されていたが……今日はアルコールのせいか更に力が強く、外そうとしても離れない……イデデ!!首がもげちゃうからやめて!!
「アリシア、首を、引っ張るのを、やめろ!死ぬ!本当に死んじゃうから!!」
「えぇ~やだ。今日はね、すっっっごく気分がいいの!だから……」
強引に俺の顔を自分の方に向けると、にへら顔で
「キスしてあげる」
目を閉じてアリシアの唇が俺に向かってゆっくりと近づく。
今更の話だが、アリシアは何もしなければ美少女だ。
整った綺麗な顔。澄んだ泉のような青い瞳。
柔らかそうな桃色の唇。
普通の一般男子なら『人生一度は経験したいこと第一位!』に選ばれてもおかしくないシチュエーションだと思う。
こんな絵に描いた美少女いるわけがないし、いたとしても彼氏彼女の関係になれるはずがない。
もちろん、俺もそうだ。
異世界に来て、美少女にキスを迫られる……素晴らしいじゃないか。
だけどさ……
「出来れば酒の勢いじゃなくて、純粋な気持ちだったら良かったんだよ!!」
「ん―――ッ!!」
「最初はカッコいい魔女だと思っていたが、お前は駄目な魔女!
ギリギリまで残っていた理性が誘惑に勝ったようだ。
俺は両手でアリシアの顔を包むようにして抑えると、押し返した。
もがくアリシアの姿は目隠しをした犬のようにバタバタと暴れる。
「ふふ……」
俺達のやり取りを見ていたヨミさんが小さく笑っている。
最初こそはアリシアの登場で静まり返っていたギルド内だが、特に危害が無いことがわかったのか、冒険者たちもいつも通りの状態に戻ったようだ。
あちらこちらでクエストの話やお宝などの話で盛り上がっている。
「あ、ごめんなさ!ミナトさん。でも久しぶりだったから、つい……」
「えーっと……それはどういう意味ですか?」
「アリシアさんが、気を許しているところを見るのをですね。アリシアさん、私以外の方とは関係を作らなかったので……」
ちらっとアリシアを見る。
相変わらずにへらと笑っている。
確かに最初にあったときには冷酷、相手に容赦の無い氷のような冷たい視線なのを思い出した。……と、言っても昨日の話なのだが。
「ミナトさん、どのような
「……正気のアリシアが何て言うか分かりませんけどね」
「大丈夫ですよ、嫌いな相手はすぐに『ブッコロス』とか言ってしまうみたいですけど、ミナトさんには言ってないようですから~」
既に言われてるんだよなぁ~、と思いながらヨミさんと会話をしていると、ふいにアリシアが静かになった。
おかしい、さっきまでじたばたしていたのに。
視線をアリシアに戻してみた、笑った表情のまま目を瞑って寝ている……。
「寝てんじゃねぇよ!?」
ここに来てからツッコミしかしていない気がする、だがそのぐらい色々と起きているのもまた事実だ。
「あらあら、人前で寝るのも安心できる相手がいるからですよ~」
「ははは……まぁ、ヨミさんがいますからね」
「果たしてそうでしょうか?ふふ……」
「?」
含みのある言い方にちょっと気になるが……っと、マジ寝し始めたようでガクッとアリシアの身体が糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちそうになるのを受け止める。
異世界の加護、腕輪の加護、どっちの加護なのか知らないが身体能力を上げてくれたことには感謝してる。こうやって力が必要な場面では特にな。
しかし、これだと今日はクエストに行けそうもないな……まずは宿屋に行ってアリシアを寝かせないと。
「あ、ギルドの二階は客室になっていますので、空き部屋があればそこに泊まることもできますよ。」
「へぇ、そんなことも出来るんですね。あれ?でも街に宿屋はありますよね?」
「もちろんありますよ。ですが冒険者……特に昨日今日と冒険者になった方々はその日を過ごす宿代を稼ぐのも大変だと思います、その救済としてギルドは空き部屋を無償で貸し出しています。立派な冒険者になったときに少し、色を付けて何かで返してくれれば問題ないですよ♪」
聞けば聞くほどよくできているシステムだ、ゲームの方にはそんな救済処置なんて無かったからな。
適当な家のタンスとツボを漁って金や金目の物を売って最初は宿屋に泊まったりするのが普通だったし……あれ、普通に考えるとやっていることがただの泥棒のような……
「少し、お待ちいただけますか?今、調べますので」
ヨミさんは宿帳簿らしき本をカウンターから持ってくるとそれをパラパラとめくっていく、空いていればラッキーなのだが。
当然のように俺以外にも初心者の冒険者たちはいくらでもいる、そう簡単に空いているとは思えない。
最低限アリシアは宿屋に泊らせる、もちろんヨミさんにお願いをして様子を見てもらえば安心だしな。
「そうですね~……あ、ちょうど一部屋空いてますね、本日は泊まっていかれますか?」
「それなら是非お願いします、それとアリシアの面倒を見てもらえれば更に嬉しいのですが……」
「あ、その点は大丈夫ですよ。空いてるのは二人部屋なので、ミナトさんもお泊りでできますから問題ないですよ~」
「そうですかそうですか……普通に問題有りとしか思えないんだけど?」
「お部屋は二階の301号になってますので、部屋は開いているはずですからまずはアリシアさんを置いてから鍵を取りに来てくださいね~」
マイペースに喋るこの人に何を言っても無駄なようで、次々と話を進めていってしまう。
仕方ない、俺が同じ部屋に泊まる泊まらないは別としてアリシアを寝かせてくることにしよう。
「よっこいしょ……」
「お姫様だっこですね~♪」
「お願いですから静かにしてください!」
おんぶで運ぶのも恥ずかしいと思ってお姫様だっこにしてみたが、こっちも十分恥ずかしい。さっさと運んでしまおう。
言われた通り301号の部屋に入り、ベッドにアリシアを寝かせてきた。
部屋の中は木材で作られた机、椅子、があり普通にホテルの一室と一緒だ。
ウエスタン風、西部劇に出てきそうな雰囲気がある部屋で、俺は割と好きかも。
部屋を出ると、近くの窓辺に行き太陽を見た。
陽は丁度真上から降り注ぐ感じになってきている、時間としてはお昼ぐらいだろう。
「まだ昼か、アリシアはあんな感じだし今日はダンジョンに行くことは出来そうもないよな……街に出て色々見て回るかな」
俺は窓辺を離れてヨミさんがいるだろうカウンターに向かうことにした。
あわよくば少しお金を借りて、街で明日の準備を揃えたい。
なんだかんだ言ってこの世界を楽しみ始めている自分に気が付いた、とある正午だった。
続く……
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