2話:魔女の特急便
どうしてこうなった……
「さぁ、その服と腕輪を私に渡してくれれば命だけは助けてあげる…」
周囲はすっかり暗くなり見上げれば星が夜空を埋め尽くすほどキラキラと輝いているのが良く見える。俺が住んでいる地域では近くの人里はなれた山の中に行かなければこのような星空をみることができない、すごくレアなことだ
「あの……ねぇ…聞いてる?」
この変な世界に飛ばされ、水も食料も無いままで孤独と絶望の中で見つけた満天の星空…腹は膨れないが、頑張ろうという気持ちは湧き上がってくる。頑張れ、俺。負けるな俺。きっと明日は良い日に――
「人の話を……」
さっきから何だよ、こうして人が感傷に浸っているというのに…故郷に戻れない悲しみ、その孤独をこうして癒しているのだからもう少し静かにだな……
「―――
「うはぁ!?」
唐突に放たれた黒い火球を間一髪避ける、咄嗟に避けなければおそらく直撃していただろうその魔法攻撃は俺の後ろに生い茂っていた草木を根こそぎ吹き飛ばした後に大炎上させていた。生の草木が焼ける青臭い匂いが鼻孔を通り抜ける……
「あんたさぁ…人が喋ってるのに無視するなんて、いい度胸じゃない」
かすかに指先から白い煙をほのかに漂わせながら、金色の髪、青い瞳をした魔女のような全身が黒い衣装に包まれた少女が言ってくる。
魔女の服と言ってもドレスのように一体化しているのではなく、魔法少女のように上下で分かれているものをイメージしてもらえばいい。
頭にはお決まりの黒いとんがり帽子に大きな瞳が三つ付いているものを被り、厚めのローブを着込み、黒いスカートにはジャック・オ・ランタンをイメージしたのだろうかカボチャの模様がいくつも見受けられる。スカートから見える白い太もも、膝下から履物のローファーまで伸びるルーズソックスは反則的なほどにエロい。
「……100点だな」
「何が!?」
目を細めるようにして俺の視線が嫌なのだろう、身体をよじり赤面の表情で魔女服の少女は怒りを露わにしながらこう言った。
「この…変態!金目になりそうなものを置いていけば見逃したのに…ブッコロしてあげるわ。このアリシア様がね!その場から動くんじゃないわよ!!動いたらブッコロすんだからね!!!」
「どっちみち殺すき満々じゃねぇか!…って、アリシア!?君が!??」
俺は驚いた。この魔女っ娘こそMMOのヒロインの一人アリシア。プライド意識の高いSっ気な性格で、そこからのデレが多くのユーザーを虜にしたキャラクターなのだから。
確かに、序盤である始まりの森で仲間にするイベントがあるが…もう少しさきだったような…俺の記憶違いだろうか。
何やら怒りが収まらないようで、アリシアは右手で炎の魔法を発動させるとそれをまるでボールのように丸めると、大きく振りかぶって投げてきた。
「そうよ、でもこの世から消える奴には関係ないわ!死ねッ!変態!!」
「ぐはぁ!!」
先ほどより小さな炎の塊が俺の腹部に命中する。初手に飛んできたボーリング玉クラスよりは小さいがそれでも野球ボール並だ、直撃した衝撃で後ろに二・三歩よろけたのだが…
――声を出した割には痛くはない、恐る恐る自分の腹部を見てみると不思議と制服も焦げたりはしていないようで無傷だった…何故?
俺よりも驚いていたのはアリシアの方で、『何で死んでないの?』くらいの表情をしているから推測するに、結構やばい一撃だったのかもしれない。
「えーっと…とりあえず、話をしないか?話し合いは人類が生み出した最も効率のいい解決手段だと思うんだが?」
俺は出来るだけ穏便な案をアリシアに提出した。
「はは…ここまでコケにされて黙ってられる訳ないでしょ――ッ!」
「ひいぃ!?」
アリシアは小さな杖を取り出すと、真横に薙ぐようにして魔法を唱える。一つ二つ三つ…と人魂のように揺らめく真っ黒な炎が現れる、それらは生き物のようにアリシアの命令に従い俺を追尾してくる。
ヒロインがしてはいけない凄い形相で追いかけてくるので、俺もその場から逃げ出してしまった。
俺とアリシアの夜の鬼ごっこの始まりである。
*
アリシアは箒に乗りながら持っていた小さな杖を、軽く横に薙ぐように動かすと黒い火球が複数現れた。その火球をまるで操るかのように俺の方に飛ばしてくる。
「クソッ!イベント戦はもう少し後のはずだし、なんでこんな高火力の魔法が使えるんだよ!」
俺の頭スレスレに飛んでいく魔法を見ながら憎らしげに言った。通常RPGと言ったゲームは最初は弱く、最後は強くなるのが当たり前なのだ、俺が文句を言っているのもそこが関係している。
アリシアが使う魔法は序盤で戦うイベントがある。そのときは
要するに、冒険が始まったばかりである主人公である俺は一撃でも直撃すれば消し炭になりかねなくなるのだ。
「なっ!?あれも避けるの!?、あーもう、避けないでよ!」
「滅茶苦茶なことを言っておられるな!だったら素直に話し合うことだ、離せば分かる!」
「問答無用!
三つの黒炎がまるで三角形の様な形を作りながら飛んでくる。それをタイミングを見計りながら上手く潜って避ける、三角形の中心は炎の壁で出来ているようでそこを通り抜けていく木々は一瞬で炭になっている…何て恐ろしい威力だ。
ちらりと肩越しに後ろを見る。森の中を走っていることもあって追ってくるアリシアとの距離がかなり離れている、うまくいけばどこかで巻けるかもしれない。
「……そういえば、もう五分以上全力で走ってるけど全然息が上がらないな…それに走る速度も速いような…」
何度も言うが俺は勉強、運動何をやっても平均的な数字しかとれない男だ。走る速度なんて一般の学生レベルだったから決して早い方じゃないし持久力だって普通だ、ましてや全力疾走なんて一分も持てばいい方だ。
「あれか、異世界転生するとチート能力が付くとかいうあれか!…いや、俺そもそも転生してないし、そんなイベントも発生してない。その他の可能性があるとすれば…
自分の右手に付いて取れない腕輪を見る、気のせいかもしれないが緑の宝石がほんのりと色づいているような気がする、あくまで気がするだ。
もしかしたら
あれほど周りにあった木々が消え、拓けた場所に出たと思ったら…その先は大きな川が流れ、少し流れた先は滝のようになっているようで『ドドドドド…』とおおきな音が聞こえる。気が付くのが遅ければそのままに川に飛び込み滝壺へ真っ逆さまだっただろう。
「おいおい…マジかよ!戻って違う方へ…!」
戻ろうとしたその先に、箒に腰かけたアリシアがにやりと笑いながら待ち構えていた。迂闊、どうやら俺はこの場所に誘導されていたようだ。
当然のように武器らしいものは無い、戦うにしても不利すぎる…どうしたらいい、俺は考えた。考えたところで浮かぶのは自分の得意なゲームのことだけだ。
「ん…ゲーム?」
そうか、この手を使えば…
「ハァハァ…残念だけど鬼ごっこはここでお終い。…覚悟はいいかしら?」
アリシアは笑みを浮かべながら杖をこちらに向けようとした時に、俺は叫んだ。
「ゲームをしよう!」
「…は?」
「ゲームで俺に買ったら、この腕輪とお前がほしいものをくれてやる。ただし!俺が勝ったら…お前をもらう!」
「はあぁぁぁ~~~~~!?」
不敵に笑う俺とハトが豆鉄砲を食らった顔をしたアリシアが対峙する…。
続く…
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